ストーリー

6話

エンゲージをしよう

 準備の早さに相当するような味気の無い食事をしたあと、女優先でシャワーを浴びることになった。いまはジャスミンが使っている。することのない俺は最初に通された部屋の椅子に座っていた。時計の短針が十一時を指している。
 ストックの言葉が頭にこびりついている。意味深なことだけいって、詳しいことは何も話さないのだからたちがわるい。
 しょうがないので自分で予測をたてることにする。本当にジャスミンにつらい思いをさせるわけにはいかないのだ。
 まず、ストックは超人だ。その彼女がつらい思いをすることになるといったということは、今まさにストックは何かに悩んでいるということになる。その何が詳しく何を指すのかはわからないが、誰かと一緒にいることで困る、ということは人間関係に関わることだ。そして、彼女のそばにいる人間というと…
「ルルか」
 考えが自然と声にでた。誰かにきかれてやしないかと辺りを見渡したが、幸い誰もいなかった。べつにやましいことをいった訳ではないのだから、きかれても問題ない。だが、独り言はクールではない。
 あいつを捜して、なにか心当たりがないかきいてみよう。なにもわからないまま不安を抱えるのはごめんだ。
黄色の扉以外に、三つの木製の扉がある。シャワーの位置を教えてくれた後、ルルが入っていった扉に目をつける。だれも俺のいる部屋に帰ってきてはいないから、彼はまだ部屋の中にいるということだ。
 扉の前に立つ。よく知りもしない相手に質問をするのはまだ慣れないが、しょうがないだろう。むしろ知り合いなんていないのだから、慣れなければ。大きく深呼吸をして、扉をたたいた。
 返事がない。
 おかしい。俺はずっとここにいたのだ。だが誰にも会っていない。なのになぜ反応がないのか。他に出口でもあるのか。外観を見た様子だと、そんなに広い建物には見えなかったが。
 もう一度扉をたたく。返事も、扉の向こうから歩いてくる気配もない。
 このまま扉を開けてしまおうか。もし中にいたとしても、扉をたたいたのにでてこないあいつの方が悪いんだ。反応がなかったことを話したらわかってくれるだろう。
 ゆっくりと、扉をあける。ゲームでみたことがあるような生活感のない部屋だ。壁一面に本がおいてある。真ん中よりやや奥側に木製のデスクがおいてあり、そのうえにロウソクがゆらめいている。ジャスミンの家で見た電気は、今は消されているようだ。
 デスクの向こうに、階段があった。その周りだけ本棚が二列になっているため、本棚をスライドさせることで出現する階段なのだと分かる。階段の先には夜空がきらめいていた。外につながているらしい。
 恐る恐る、階段をのぼる。途中で横道があったためのぞいて見ると、ベッドやらタンスやらの生活感あふれる家具が窮屈そうに設置されていた。まるで秘密基地のようだ。ちょっと憧れる。
 本道にもどって上までのぼると、やはり傾斜のあるところにでた。屋根の上だ。隣に上へ向かってあける仕組みの扉がある。普段はこの扉を閉めて、外からは入れないようにしているのかもしれない。
 ルルは屋根の平坦なところに座って、本を見ていた。読んでいる訳でもなく、表紙をみている。俺がのぼってきたことにも気づいていないようだ。表紙に面白いことでも書いているのだろうか。そうにしたって、わざわざ暗いところで見る意味はないだろうに。
「お前の部屋変わってるな」
 気付かないので、声をかける。彼はようやく俺が立っていることに気付いたようで、そうだろうと誇らしげに笑った。本を片手にもったまま、手招きをしてくる。邪魔だとは思われていないようだ。同じく平坦なところを見つけて腰を下ろす。
「その本おもしろいのか」
 ストックの発言についてさっさとききだしてしまいたいところだが、先になにか話をして話しやすい場をつくることにする。
「うん。スターリム博士が書いたんだ」
「だれだそれは」
 有名人なのかもしれないが、一切そんなものとは関わらない生活をおくってきた俺にはわからない。自分で墓穴を掘ってしまったことを悔いる。きくんじゃなかった。いらん恥をかいてしまった。
「学者なんだ。木の外にゼロっていただろ。彼らを倒す方法を考えている人だよ」
 てっきりそんなことも知らないの、といわれるのかと思ったが、ルルはむしろ説明できることがうれしくてたまらないといった様子だ。ジャスミンが俺を超人だと勘違いしたときのように目を輝かせている。
 それにしてもそのスターリム博士というのは非常識なやつである。ゼロを倒す方法を考えるなんてあるわけがない。家のやつらがいうには、ゼロには爆弾もきかないのだ。倒す方法がないからこそ、人間は集落をつくって細々と暮らしているというのに。仮に、木の外に同じようなモンスターであるトイミューズがいるならば、まだ勝機はあるかもしれないが。
「すごいやつなんだな」
 とりあえずルルに調子をあわせる。そんなのできるわけないじゃないか、と言ってしまえば、本題に入れないかもしれない。
「そう!すごい人なんだよ。ゼロのことだけじゃなくて、失われた遥か昔の技術を何個もよみがえらせてるんだ。宇宙にいく技術を復活させたのもスターリム博士でさ。歴史に名を残すのはまちがいないね」
 いいかげんな俺の返事に気付かなかったのか、熱弁をはじめた。話し続けるルルの言葉によると、宇宙にいく方法以外に、爆弾やらゲームやらをよみがえらせたのもこの博士らしい。宇宙なんかに興味はないが、ゲームを俺の手に渡るようにしてくれたというのには感謝しなければいけない。ほかにもきいたことのないようなものも含めて、いろいろと復活させているようだ。時計、パソコン、電話、電球、大量生産の技術、文字等など。ききおぼえのない単語もきこえてくる。
 それにしてもよく喋るやつである。すきなものについて話しているからだろうか。とめないといつまでも喋り続けそうだ。
 ジャパンがなんたらといいだしたところで、なにか思い出したらしい。かがやかせた瞳で俺を捉えた。
「そいえばセル、食事の前に手をあわせるんだね。東の国の生まれかい」
 もはや習慣になっている食事前の手合わせは、ストックの言葉を気にしていたときも知らぬ間にしていたらしい。
「あれは俺を拾った親父のしつけだ。自分の生まれはわからん」
「なるほど。じゃあ親父さんの出身はシュラの国かな」
 シュラの国ってどこだと思いながら、きくのをはばかられてそうかもなと返す。
 ルルがまたなにかしゃべりだそうとしたところで、星空に照らされた森の一部が発光しはじめた。比喩ではない。青白い光が木々の隙間からみえる。きれいだが、なぜ急に光りだしたのかという疑問が頭をかすめた。
「今何時かな」
 興味深そうに光から目をそらさないまま、ルルがたずねてくる。脈絡のないやつである。さっきの勢いであの光について説明してくれないだろうか。
「日付が変わる前じゃないか」
 確信がある訳ではないが、ジャスミンが部屋をでたときに目をやった時計を思い出していう。ルルがどのくらい喋っていたのかはよくわからないが、だいぶ経っているだろう。
「そうか。じゃあご飯の時間だね」
 だれの飯だ。木は食事をするとき発光するのか。
 口にしようとした言葉がでることはなかった。俺の体が光り始めて、視界が白に染まったから。


 光とともに一面が白につつまれたかと思った時には、もう光はなくなっていた。
 ただ、先ほどまでいた屋根の上ではなく、森の中に放り出されてしまった。時間はさほど経っていないようだ。辺りは夜の月に照らされている。少なくとも、朝にはなっていない。
 この数日の間に俺は本当にワープする魔法でもおぼえたのではないかと思ってしまうほどに、気付いたら移動していることがままある。案外えらばれしものになるための試練の一環かもしれないな、と楽観的に捉えた。
「ご飯はきみだったみたいだね」
 俺と同じように飛ばされたらしいルルが不可解なことをいう。
「なんのことだ」
「森の中を歩いているとき、湿った土に直に触れたりしなかった?」
 こいつは俺の行動を監視していたのか、とおもわず疑ってしまった。ルルのいう通り、触れた。根につまずいて転んだときだ。雨が過ぎ去ったあとのようにぬかるんだ土だった。
 周囲に複数の獣のうなり声がきこえるのを無視しながら、ルルの言葉にうなずく。
「その土はパウンサーラビットというトイミューズによって、マーキングされていたんだよ。土に触れた生物を、その日のご飯にするんだ。人間は靴をはいてるから、あまり捕食対象になることはないんだけど。きみは運がいいね」
 今回のワープの原因がわかってきた気がする。どうか俺の思い違いであってほしいのだが。
「それは、俺がそいつらの食事にえらばれたって、ここに飛ばされたってことか」
「そういうことだね」
 なんということだ。楽観的にかまえている余裕なんてなかった。全然運良くないじゃないか。というか俺の道連れでつれてこられたというのに、なにをのんきに構えているんだ、こいつは。
 どうやらラズラのいっていた、野良のトイミューズとかいうのにひっかかってしまったようだ。しかもえさにするときたもんだ。
 周囲の気配はそのトイミューズのものらしい。俺たちを食べるために呼んだというのに、警戒して様子をみているのだろうか。
 こちらを見ているうさぎに目をこらす。白い体毛に、ピンと張ったように立っている耳。鼻を小さく動かしながら俺たちを見ている。トイミューズといっても、普通のうさぎとあまり違いはないように感じられる。二足で立っていること以外は。
「彼らは自分より強いものには手をださないから、一体でもエンゲージで倒したらおそいかかってこないはずだよ」
 俺がやつらを見ていることに気付いたのか、習性を教えてくれる。そんなことをいっても、俺はトイミューズをもっていない。
 そうだ、無理に俺が倒す必要はない。危機感なく説明しているルルが隣にいる。こんな生き物がいる森の中に住んでいるのだから、一体倒すぐらい造作もないだろう。
「なら、一体倒してくれないか」
 俺の言葉に、ここにきてはじめて驚いたようだった。人間さえも食べるうさぎに囲まれても動じないのに、俺の催促に驚くというのはどういう了見だ。
「俺は木の中にきたばかりでトイミューズをもってないんだ。巻き込んだ謝罪はするからこの状況をなんとかしてくれ」
 心なしかうさぎが距離をつめてきているように感じる。ゼロにであってしまったときの、猟られる恐怖がよみがえってきた。こんなところで、よりにもよってうさぎのえさになるなんてごめんだ。
「いや、きみがやるんだよ」
 俺の話をきいていなかったのか。恐怖とは別に、会話が噛み合ない腹立たしさがわきあがってきて、ルルを睨みつける。
 俺が睨んだ程度では動じないまま、彼は、一緒に飛ばされてきたらしい博士の文庫本のページを手早くめくった。しおりがひっかかっているページで手を止めて、それをとりだす。否、それはしおりなどではなかった。ジャスミンとウェンディがトイミューズを呼び出すときに持っていた、白いカードだ。それをしおりとしてつかっていたらしい。
 俺にその白いカードをさしだしてきた。
「いままでのきみの人生を思い返しながら、シール解放とさけぶんだ。彼らは人間にはエンゲージをするまで手をだしたりしないから、ゆっくり思い出せばいい」
 彼らとはうさぎのことか。そうならそうとはやくいってくれとおもいつつ、カードを受け取る。青白く淡い輝きを放っているそれを前につきだして、目をとじた。
 俺の人生とは。
 そうじばかりしていたこと。家の庭からでたことがなかったこと。楽しみなのはゲームだけだったこと。親父が拾ってきた血のつながりもない兄弟としかまともに話したこともなかったこと。代わり映えのしないと思っていた日々をおもいだしていく。
 しかし、転機はあった。ここ数日のことだ。木の中に入っていろんなことが変わった。町中を歩いたり、女の子と話をしたり、よくわからないモンスターを皆が使っていたりする。会ったばかりの人が、意外と親切に木の中のことを教えてくれる。嫌な気はしなかった。
 思い返せば、昨日以外はやはり、代わり映えのしない日々をすごしていたように思う。
 こんないいかげんな思い出し方で、本当にトイミューズがでてくるんだろうか。でもまともにおもいだせることなんてないしな。
「シール解放!」
 叫ぶと、突き出した指先を中心に風がまきおこる。これにカードが飛ばされてトイミューズがでてこないなんてことになってはならないと思い、指先に力をこめた。カードの光が強くなりはじめる。
 めまいを感じるほどに光が強くなる。暗かった周囲を、手の先の一枚のカードが照らした。うさぎがこちらを見ているのを気配で感じ取る。
 一陣の風がふいて、やんだ時、目の前に一匹の動物が現れた。さっきまではいなかったものだ。
 全身を青い鱗で覆っている。体は小さく、ウェンディが持っていた羊のぬいぐるみぐらいの大きさだ。ちょうど、抱えることが出来るくらいの大きさ。背中に小さな羽が生えている。鳥類の、というよりはコウモリのような角張っていて、硬そうな羽だ。頭にはおおきな耳のようなものがついている。大きな目と、短い手に生えた申し訳無さげ程度の爪が心もとない。強いのだろうか、こいつは。そもそもこれを動物に例えるなら、なにがふさわしいだろうか。ゲームではいろんな生き物をみているものの、現実の生き物なんてほとんど見ていないのだ。肉の塊になった牛やら鶏ならみているが。
 ルルのほうに振り返る。うさぎの種族名を呼んでいたのだから、なんの生き物かわかるのではないかと期待した。
 俺の視線の意味を察したらしいルルが、青い生き物をじっくり眺めた後、左腕をこちらに向けて親指を立てた。
「セルはドラゴンのようだね、さすが!」
 なにがさすがなのかわからないが、歓喜の声をあげて拍手をしている。
 喜んでくれるのは悪い気はしないが、これがドラゴンはないだろう。
 ドラゴンといえば、もっと図体がでかくてかっこいいのだ。それに強い。こんな大きい目ではなく、鋭く射抜くような眼光をしているはずだ。少なくとも、ゲームではそうだ。
 ルルがドラゴンだと判定したそいつは、よちよちと周囲を歩き回って、こけた。なさけない。ゆっくりと体をおこして周囲をうかがっている。
「セル、戦う相手をおしえてあげなよ」
 声をはずませながらルルがいって、ドラゴンにかけよりべたべた触っている。俺ももっとドラゴンに興奮したかった。なんでもっとかっこよくないんだろう。
「教えるってどうすればいいんだ。話しかけたりするのか」
 ずっと待たせて、うさぎに申し訳なさすらおぼえてくる。彼らが無遠慮に食い殺しにかかってくるような遠慮のない生き物じゃなくて助かった。
「きみの望む通りに動いてくれるはずだよ。パウンサーラビットとエンゲージがしたいって念じるんだ」
 うさぎのうちの一匹を標的にして、エンゲージがしたいと心の中で繰り返す。
 ドラゴンがルルの手を払い、うさぎに向き直った。
「目を合わせたらはじまるよ」
 ルルの言葉とうさぎが動いたのはほぼ同時だった。まっていましたといわんばかりのすばやさでドラゴンに迫ってくる。逃げようと考えるよりも先に、アッパーをかましてきた。
 その瞬間、顎に激痛が走った。顎、といより骨の内側からハンマーでたたかれたような衝撃だ。
 なにがおこったんだ。今、だれかが俺を殴ったのか。そんな影はみえなかった。
「エンゲージで自分のトイミューズがうけたダメージは、自分に返ってくるから気をつけて」
 俺が動揺しているのに気付いたらしいルルが解説をいれる。そういうことは早くいって欲しかった。エンゲージをはじめるのだって、お互いに声をかけてからはじめるだろう、普通は。
 とにかくエンゲージが実質俺とうさぎとの殴り合いになるのはわかった。ウェンディとジャスミンのエンゲージがすぐにおわった理由も。
 衝撃をうけた顎をさする。傷はないが、たしかに痛みを感じた。
 ドラゴンが立ち上がる。あるいただけで転んでいた様子から見て、あのうさぎよりはやく動くことを期待しないほうがいいだろう。あの大きな目からアイビームでもだしてくれないだろうか。こちらが動かずに相手を攻撃できるような状況をつくれば。
 ドラゴンが、じりじりと後ろにさがっていく。それをみたうさぎがにやりと笑った。うさぎのくせに。
 相手がふたたびこちらに距離をつめてくる。そして、とびあがって襲いかかってきた。なんとか体を横にずらして攻撃をさけたドラゴンが、そのまま着地したうさぎにつかみかかる。
 いけると確信した。よけて攻撃する。よけることだけに集中して、接近戦にもちこむことさえできれば、まだ勝機はあるのかもしれない。
 二足歩行で立っているうさぎの、人間でいう肩をつかんで、地面にたたきつけるように腕を振る。しかしうさぎはそのまま倒れてはくれず、逆にドラゴンの肩をつかんだ。腕にかぶりついてくる。
 それに合わせて、俺の右腕にも痛みが伝わる。いたい。実際に腕に噛み付かれている訳でもないのに。
ドラゴンが俺のほうに視線をむけて、羽をちいさく動かした。俺はそんな動きをするように念じた覚えはない。あいつにも一応、意識とか人格のようなものがあるのかもしれないな。
 ドラゴンに羽を強く動かすように念じる。俺の考えが正しければ、あれはドラゴンの主張だ。羽を使えることをアピールしていたのだ。
 案の定、ドラゴンが羽を羽ばたかせるに回数が増える度、周囲に竜巻きがおこりはじめる。周りの木が倒れ、エンゲージをしていないうさぎたちが避難をはじめた。ルルは離れる様子はないが。
 組み合っているうさぎの力が、足先にむいているのがわかる。でないと立っていられないのだろう。ドラゴンのほうには影響はないようだ。噛み付く力が弱まってきたので、しっぽで土を跳ね上げる。うさぎの顔面に土をかけると、悲鳴をあげて身をそらした。
 先ほどまで噛まれていた腕の、先にある爪をうさぎの体に突き刺す。再びあがる悲鳴。
 爪先をうさぎのからだから引き抜き、体より小さい羽で飛んだ。そのまま空中で一回転して、尾をうさぎの頭にたたきおとす。うさぎは、ふらふらと体をゆらすと、ゆっくりと倒れた。
 立ち上がる様子は、ない。
 ひとまず相手が意識を失ったようなので、一息つく。
「相手が倒れたら、勝ったってことで良いのか」
 ルルにふりかえる。あいてが参りましたといわない限り続くのであれば、言語の壁がある以上勝負はつかないだろう。
「うん。はじめてのエンゲージで初勝利、おめでとう。やっぱりきみはすごいね」
 倒れた木々を見渡しながらいう。会って数時間しか経っていないのに、えらく過大評価されているように感じる。
「ありがとう。おかげでパウンサーラビットのご飯にはならなくて済んだみたいだ。いやあそれにしても緊張したよ」
 しらじらしいな、こいつ。俺には平然としているように見えた。
 ルルのいう通り、うさぎ達が倒れたやつをつれていづこへと消えていく。あれほど待たせたことを考えると少々申し訳ない気持ちになるが、食われる訳にもいかない。
 ドラゴンに視線をやると、奴はまだ消えていなかった。きょろきょろとあたりを見渡している。
 どうやったらやつはいなくなるんだろうか。ウェンディたちのときは、カードに戻していたような気がする。
 ためしにカードをかざしてみると、ドラゴンは吸い込まれるように消えていった。消えるまえに、俺のほうを見ていたような気がした。
「ルル。カードを返す。助かった」
 ルルにカードを差し出すと、彼は左手の平を見せていいえの表示をした。
「リンクしたシールはほかの人に渡したらいけないよ。それはもうきみのものだ。」
 さあ帰ろう、と周囲を見渡し、歩きはじめる。暗いのに、迷いのない足取りだ。
 帰るのか。それもそうだ。とっくに日をまたいでいるかもしれないな。ジャスミンもストックも、もしかしたら心配してくれているかもしれない。
 ルルについて歩きながら、エンゲージを思い出す。
 楽しいとかこわいとか考える余裕もなかったが、おもしろかったと思う。現実でゲームのバトルをするようなものだった。あのドラゴンも、最初は弱そうだと思ったが、なかなか頼りがいのあるやつかもしれない。今度よびだしたときにはなにか食わせてやってもいいな。食べるのかはわからないが。
「そいえば、俺のトイミューズにも名前とかあるのか」
 ルルはあのうさぎをくわしい種族名で呼んだのに対し、俺のドラゴンはおおざっぱな種族名だったから、気になった。なんとかドラゴンとかいう名前があるのだろうか。
「ないよ。あれはきみの心の形だからね。野良のトイミューズは、持ち主である人間や草木なんかが死んでしまったときに、持ち主の未練が残る場所で暮らせる様に姿形を変えるんだ。環境に適応するためにね」
 つまり、持ち主が死んで野良になったトイミューズには名前があるってことか。いやそれより、もっと重要なことをきいたきがする。
「野良は元々は人間なのか」
 きいてないぞそんなの。俺はうさぎと殴り合っているつもりで、実は死んだ人間とケンカをしていたということか。
「人間だけじゃないよ。アビエスで生きている生き物すべてが、死んでもああいう形で生き続けるんだ。個性はなくなっちゃうけど」
「アビエス?」
「この世界の名前だよ!素敵な名前だよね」
 きいたこともない名前だ。俺が知らないだけかもしれないが。
 とにかく、俺は人間か草かはわからないが、転生したなにかと戦っていたということだ。人間じゃないことを祈ろう。
 暗い中でも迷いなく歩くルルについていきながら、手に握っているカードをみる。
 俺が生きている間は唯一無二の形をしているのに、死んだら他のモンスターと同じ姿になるなんてさみしいではないか。俺が死んでも、俺が生きてい証明にはなってくれないなんて。もし俺が死んだら、こいつはどこで生活することになるのだろうか。木の外の、あの家の周りか。いや、トイミューズでも木の外にでれないだろう。
 死ぬまでに未練を残せる場所をつくろうと、心に誓った。

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2012.08.15- Meijitsu Minori.