「ライがリアちゃんのお兄ちゃん?」アースが確かめるようにいうと、ライはしっかり頷く。「そういうことですね」「ちょっと、ちょっとライ」ライを引っ張って、部屋の外に出る。アースがリアに話しかけている声をききながら、扉を閉じた。急に引っ張り出して、怒ってるかもしれない。ライの顔色を伺ってみたけど、いつも通りの笑みを浮かべている。
2018-08-15
夜。周囲は暗く、街には点々と光が灯っている。児童はみんな寝てしまった。なかなか寝ようとしなかったが。目の前にはルルの家で組み立てられることなく箱の中にしまわれていた机がある。以前の机とは高さが違うようで、元々使っていた椅子を並べると高さが合わなくなっている。それでも児童は新しい机にはしゃぎ、嬉しそうにベタベタ触っていた。
2018-06-10
大切な人といわれて、煮え切らないことに三人の顔が浮かんだ。物語の主人公だったら、多分一人を思い浮かべると思う。他の二人は何かあっても自力で対処できる可能性があるから、まっすぐに病院を目指して走り続ける。肺に入る空気が鋭さを持っているような錯覚を覚えた。うまく息ができない。足に重りがついてあぶられているみたいに熱をもっているけど、体の中心は冷たい気がした。心臓が活発に活動しているのがわかる。
2018-03-18
「アトレイじゃないか。どうしてこんなところに」ルルのいう通り、振り返った先にいたのはアトレイだった。「どうしてって、それをききたいのは俺なんだけどな。あの廃屋の噂、知らなかったのかよ。二人はともかく、お前は」「知っていたよ、もちろん。知っていたさ。ただ、きみがあの噂を信じているとは、知らなかったな。驚きだよ」
2018-02-12
「その廃屋のこと、お前は知ってたのか」ライにしかけられた勝負に挑むべく、森の中を進んでいく。最初に渡された地図に目を通した後、迷うことなく歩みを進めるルルに問いかけた。深い理由はなく、世間話の感覚で。「場所は知っているけど、入ったことはないかな」ルルは足場を確認しているのか、うつむいたまま応える。
2017-08-31
俺の日常は、ただの一日であっていいはずがない。そうだ、今でもそう思う。でも、この状況は望んだものじゃあ、ない。「何、いってるの。あなたたち」小さな子どもを連れた女性にさげずんだ目で睨まれて、何度目かわからないがそれでも心臓が冷えていった。暑さから流れ落ちる汗の感覚を追いかけて、彼女の視線と向き合うのを避ける。
2017-06-25
「セル、いないのか」ルルくんの言葉に、ジャスミンが申し訳なさそうに頷いた。「はい、すみません。私が扉を叩いた夕方には、もう」「ジャスミンが謝ることじゃないさ」ルルくんの発言はもっともだ。ジャスミンはセルの保護者や血を分けた存在じゃない。目的が同じで、部屋が隣。それだけだ。謝る程のことはない。
2017-04-23
雨は降り続いている。ボクが落ち着くまで根拠のない大丈夫を繰り返していた人間は傘を持ち直して、ボクもその中に入れるように傾けてくれた。傘なんて必要ないけど、その動作を見て手が濡れていた理由を理解する。雨は冷たくてぬるいことも。もう片手に、ボクに差し出してきた傘を握っている。拒絶したことを思い出して、心臓が青く染まった。
2017-02-12
「失敗した」ボクが生まれてはじめてきいた言葉。液体の中に沈められ、透明な板の向こうにいる白衣のおじさんの独り言に、ぼんやり耳を傾ける。なんとなく、ボクがどうしてこんなところにいるのか、ボクがなんなのか、わかっていた。ボクは、あのおじさんに造られた人間。あのおじさんは、ボクのお父さんだ。
2017-02-12
白い廊下をまっすぐに進む。途中で開けた場所に出ると、女性に声をかけられ、足を止める。カウンター越しに手招きされた。「704号のリアさんに、お見舞い」きかれる内容は分かっていた。相手の言葉を待つより先に用件を伝えると、彼女は不機嫌そうに、どうぞと許可をくれた。仕事だからしょうがないかもしれないけど、毎度同じやり取りを繰り返すことに意味はないだろ。悪く思わないでくれ。
2017-01-28
俺の下っ端人生は、長かった。長年の雑用経験から、風のような速さで後片付けを済ませた俺は、ジャスミンと並んで待ちを歩いていた。「アトレイさんにまたお会いしたら、あらためて謝らないといけませんね」いや、謝りすぎなんだよ。気を遣いすぎなんだ。そんなことを思っていてもしょうがない。彼女には伝わらないのだから。それよりも、建設的に彼女を元気付けよう。
2017-01-02
周囲が焼かれているような、ジリジリした暑さ。まとわりつく熱気。体が重い。暑い。そう、季節は夏。俺が十七歳になって数ヶ月が経っていた。十七になろうが何歳になろうが、俺が家で最も年下であるという事実は変わらず、ただ歳を重ねるだけ。どのみち、柵の向こうにはでてはいけない。何も変わらなかった。
2017-01-02
「いまからスードルが弱点を書き足したらだめなの」「むつかしいんじゃないかな、彼のハテナは『だれにも負けない友達が、自分をいじめたやつをこらしめること』だから。書き加えても反映されない気がする」ラズラとルルを見ているスードルに視線を移した。申し訳なさそうな顔で、上目がちに二人を見上げている。
2016-08-30
「ここにはラズラ以外に率先して家事をする奴はいないのか」ラズラは少しの間留守番をお願い、といっていたが、夕方になっても帰ってこなかった。パンを食べて満足そうにしていた児童らと遊んでいたが、日が沈み始めた頃に晩飯の用意をすることになった。人数の多さから鍋物がいいのではと、蓄えの中から適当につかんで湯の張った鍋に放り込んだ。食材の鮮度で選定をしたが、味は中々のものだった。しかし児童には味が濃いと言われたし、何も言わずとも不満そうな顔をしていた者もいたことを思い出すと、あれは失敗だったのだろう。
2015-12-30
ぼくはおつかいのために街の中心地にきていた。おつかいといってもおねえちゃんがたのんできたわけじゃない。いわゆるパシリだ。罰ゲームとかなんとかいって理由をつけて、みんながぼくに命令してくる。もしかしたらむこうは冗談のつもりでいっているのかもしれないけど、ぼくにしたら大問題なんだ。なじめる気がしない。
2015-12-11
夕暮れの夏空と鉄板の上で焼かれるような暑さの中、俺は呆然と立ち尽くした。時計塔の下に座り込んだ人が何人か、不思議そうにこちらを見る。何もない。何もないからあまり注目しないでほしい。 「いい加減家に帰る道順くらい覚えたらどうですか」この暑さの中、時計塔の下に座り込んでいたストックが近寄ってくる。手にはぬるくなっているであろう、水滴のついていないペットボトルを握っていた。
2015-09-03
気が乗らない、そんなことはしないほうがいいとは思う。それでも右手の痛みは見て見ぬ振りができるほど、軽いものじゃない。腕相撲の店で会ったおねえさんも心配してくれていた。見てもらったほうがいいのは間違いない。おねさんに心配されて舞い上がっていたとはいえここまで来てしまったし、今更帰れないだろう。病院の入り口に立っていたオレは、しぶしぶ扉をくぐった。
2015-08-26
俺はいま、ジャスミンと二人で町を歩いている。急だった。約束もしていなかった。それなのにいいのだろうかと不安になるが、彼女の方は楽しそうなので、いいことにしよう。昨日ジャスミンと別れた後はぐっすり眠り、次の日、つまり今日の六時には目が覚めた。いつも俺が起きる時間だ。習慣を取り戻そうとして、自然と起きたのかもしれない。
2015-08-20
ジャスミンが朝食を食べる様子を椅子に埋もれて眺めながら、ラズラとの約束のことを思い出していた。今日の昼に時計塔に辿り着かなければならない。またあの森を超えるのは、正直億劫に感じる。一歩間違えればうさぎのえさだし。しかも彼女には悪いが、シールを手に入れてしまったのだ。会ってなんといえばいいのか。
2015-08-15
あのあと、寝る間を惜しんでジャスミンに謝るための計画を練ったが、何一ついい案は浮かばなかった。最後にはひたすら謝るときの台詞を考え、呟き続けるというみっともないことになってしまった。頭がぼーっとする。夜遅くまで起きていることはあれど、丸一日寝ないのは初めてだった。木の外ではゲームしかすることがなかったんだから当然だ。時間を惜しむことになるなんて考えもしなかった。
2015-08-15
夜のくらさが深みを増している中、俺とルルは、彼の家に迷うことなくたどり着いた。くらい森の中に小さな光が見える。こんな森の中で暮らしているとはいえ、よくもあんな暗がりを歩けるものである。彼にとっては迷惑だったかもしれないが、ルルも一緒に飛ばされていてよかったと思う。俺一人では、あいつらと戦うことはおろか、倒したとしても帰ってくることは出来なかっただろう。
2015-02-22
準備の早さに相当するような味気の無い食事をしたあと、女優先でシャワーを浴びることになった。いまはジャスミンが使っている。することのない俺は最初に通された部屋の椅子に座っていた。時計の短針が十一時を指している。ストックの言葉が頭にこびりついている。意味深なことだけいって、詳しいことは何も話さないのだからたちがわるい。
2014-10-17
「なんだってこんなへんぴなところに住んでるんだ」日も沈みかけている中、俺と女の子は森の中をあるいていた。足下が見えず、あるきにくい。女の子が地図を持ってはいるが、俺が先に歩いて段差がないことを確認しつつ進んでいる。「こわい方なのでしょうか」女の子は俺の愚痴に見当違いの言葉を返してくる。
2014-10-13
「それでどんな異変がおこっているんだ」ウェンディが人形と共に手を下ろしたのを確認してから、レトが女の子にたずねる。「ウェンディちゃんが家にはいれなくなっているんです」家にはいれない、とは。ウェンディの家の玄関が壊れているということだろうか。そういえば家に入れないのは俺もおなじなんだが。というか、家までたどりつけないというべきか。
2014-10-12
「つまり外に出るには経験値をためなきゃいけないのか」何度目かの同じ質問にも、女の子は嫌な顔をせずにうなずいてくれる。昨晩の夜、そとにでるにはなにかをしないといけない、ときいた後、さすがに夜も遅いから続きは明日話そう、という話でまとまった。女の子がソファを使っていいといってくれたため、よく眠れた。地べたで寝るなんてことになったらたまったものではない。
2014-07-25
どこにむかっているのだろう。いや、ゆっくり話ができるばしょ、と条件をつけたのだ。女の子の家にむかっているのだろう。本当の疑問はそちらではない。つまり、どんな場所にむかっているのだろう、という方だ。勝手なイメージになるが、目の前を歩く女の子の印象から目的地を推察する。
2014-07-12
乾いた地面の上を小石が跳ねる。小石は宙に浮き、地面に吸い寄せられるように着地したかと思えば、間もなくして再び舞い上がる。その中には、緑に染まりながらもどこか不健康そうな葉も混じっていた。彼らは自分を痛めつけている箒に文句も言えず、ただされるがままになって踊っている。なんてことはない、いつもの光景。ただの掃除。目線を下に向けて箒を左右に振りながら、俺は、照りつける日差しと闘っていた。
2014-07-06