ストーリー

3話

おねがい

「つまり外に出るには経験値をためなきゃいけないのか」
 何度目かの同じ質問にも、女の子は嫌な顔をせずにうなずいてくれる。
 昨晩の夜、そとにでるにはなにかをしないといけない、ときいた後、さすがに夜も遅いから続きは明日話そう、という話でまとまった。女の子がソファを使っていいといってくれたため、よく眠れた。地べたで寝るなんてことになったらたまったものではない。
 時刻は昼前。窓から入ってくる太陽の光で目を覚ました。寝すぎたと思ったら案の定女の子は起きていて、朝食、もとい昼食を作っていた。おはようございます、と昼に言うには不釣り合いな言葉をかけられて居心地が悪くなる。相手にはそんな気はないのだろうが「いまごろおきたの?」といわれているような、被害妄想に囚われてしまった。女の子はそんな風に思われてるとは知らずに、トレーにのせた朝食を運んでくる。トーストとサラダと牛乳。トーストの香ばしい香りが部屋を満たす。
 女の子は俺の真正面に座って、どうぞ、と促してきた。
 お礼をいい、手をあわせてからトーストに手を伸ばす。食べながら、女の子に昨日の話を詳しくきいた。
 なんでも、木の中は一度入ると外に出ることが出来ない、監獄のようなものなのだそうだ。いや、監獄だと女の子はいわなかったが、俺にしてみれば外に出られないなんて監獄同然だ。いままでそういう暮らしをしてきたのだから、どれほどの苦痛かはわかっている。
 監獄同然のこの場所から木の外にでるには『経験値』をためる必要があるらしい。まるでゲームのようだと思う。
 経験値をためるためにはその辺の人間やらなんやらと『エンゲージ』をしなければならない、ということだった。人間以外の、動物なんかもそのエンゲージというものが行えるという事だろうか、ときくと、そのような感じです、と言葉を濁された。なんなんだ。クリーチャーとかがいるのか、木の中も外に負けず劣らずの無法地帯のようだ。
「そのあたりのことも時がきたらお話します。一度みてみないと、信じられないでしょうから」
 女の子と話していて分かった事がある。どうやらこの子は話すことを後回しにしたがるきらいがある、ということだ。旨く説明できる気がしないので、といわれたから、まあそういうことなのだろう。
 気がつくと女の子がこちらをみていた。不安そうな顔をしながらも、まっすぐに俺をみて、いった。
「もし、あなたがよければなのですが、木の中にきてほしいといった、ヘルメットの方をさがしませんか。なにかわかるかもしれませんし、その方がなんらかの方法で本当に木の中と外の世界を行き来しているのなら、あなたももといた場所に帰れるかもしれなせん」
「そうだな。俺がいないとだめだといっていたことも気になる。食べたら探しにいこう」
 俺の言葉に、女の子は目を輝かせてよろこんでくれた。
 ヘルメット男を探すのは俺も考えていたし、異論はなかった。ただ、外にもどれるからといわれて帰るかどうかはわからない。
 俺は、仲間と冒険に出かける日々に、憧れていた。木の中から外には出られないといわれても街中は歩けるし、家からでてはいけないと言われる事もないだろう。しかし、帰ってしまっては今までとなにも変わらない。つまらない、周囲に馬鹿にされ続ける日々。
 最初はわけもわからず家に帰ろうとしていたが、今になって思えば、無理に帰る必要もないのだ。


 女の子とおおきな建物をでる。ロビーで部屋をもらおうとしたところ、カウンター前で2人組がもめていたため後回しにすることにした。
 昨晩、あの時既に日をまたいでいたらしいので正確には今日、歩いた道を再びもどりながら、昼間の喧騒を味わう。人がめまぐるしく動き回っている。本日限りのセール品とやらを売り込むために、大声を張り上げる人の周りにたか人々。吹き抜けの店の中ではなにやら盛り上がりをみせている。店の前に置かれた看板に『毎週恒例腕相撲大会』とかかれている。腕相撲が何なのかはわからないが、楽しそうだと思う。
 どこもかしこも夜の風景とは大違いだ。町にいるのだと実感する。
 照りつける太陽から送られてくる熱気は木の外と変わらないが、周りがにぎやかな分、暑さをよりいっそう感じる。周囲から発せられている音が、さらに暑さをかりたてた。こんな音は俺のいた場所にはなかったはずだ。アイスがやすいよ、という売り込みの声が悪魔のささやきにきこえる。買ってしまいたくなる誘惑を断ち切り、この暑い中長袖を着た女の子の方に視線を移す。そいえばまだ、名前もしらない。
 お前の名前は、ときく経験などなかったため、気恥ずかしくてたずねる気にはなれないが。
 ゲームの主人公も、大概相手が名乗り、名前をたずねられるのを待っているものだから、女の子のほうがきいてくれるのを気長に待つ事にする。
「探すといっても、どこにいるかもわかりませんから、街の案内ついでということで」
 女の子の言葉にうなずく。木の外と中の行き来が出来ないという情報から考えると、もしかしたらヘルメット男は木の中にはいないのかもしれないのだから。
「そいえば、お前の占いで、今日は見つけれるとか見つけられないとか、わからないのか」
 女の子の超能力をつかえばいつどこにヘルメット男が現れるのかわかるのではないか、と期待したのだが、ごめんなさい、と謝られた。
 謝る必要はないのだが。
「いつの、どんな光景をみるかは私からは調節できないんです。あなたがくるときは、時計塔とカレンダーがみえたので、日付までわかったのですが」
 俺がくるのがわかったのも偶然らしい。ずいぶんとよくできた偶然だ。ゲームでよくテーマにかかえられる運命ってやつは、意外といい加減なもののようだ。
「まあ、もともとあてもなく探す予定だったからいいんだけどな」
 俺の言葉に、本当にごめんなさい、と再び謝罪する女の子。
 ここで謝るべきは俺の方だ。俺なはずなのだ。女の子は人間じゃない事で苦労をしているはずなのに、わざわざその力の話題をだした俺が謝るべきなのだ。先に謝られてはいいだせないではないか。
しょうがなく、心を痛ませながら話題を変える。
「木の中も外と同じ気候なんだな」
「それはたまたまだと思います。外には季節があるときいていますが、ここは年中夏なので」
 そうか、たまたまか。適当な風に聞こえてしまうであろう相づちをうちながら、頭の中で女の子の言葉を繰り返す。
 外には季節があるときている。
 ということは本当にこの女の子は外にいたことはないのか。本当は外にいた事があって、超人は木の中と外を行き来することができるが、女の子がそれを忘れているとしたら。
 たしかにヘルメット男は外の世界にいた俺を呼んだ。しかし木の中にきてほしい、俺がいないとだめだった、といった。ということは、木の中にいた記憶もあるはずなのだ。普通の人間は出入りができなくても、超能力が使える超人なら行き来ができるのではないだろうか。
「お前が記憶を失くしているということはないだろうか。その占いができるやつはみんな外と中を行き来できるのに、お前だけが忘れているとか」
「ごめんなさい。それはないです。はじめて見た景色は木の中のようすだった、といいましたが、その前に白衣の人達をみていたんです。私の体はおおきな水槽のようなものにはいっていて、大勢の人が取り囲んでいました。そして、一番先頭に立っていた人がいったんです『また失敗した』と」
 白衣の人達、失敗、やはりこんな女の子を造った奴らがいるということで間違いはないらしい。
「作ったばかりの段階で失敗か成功か判断して、失敗していたら廃棄しているのだと思うのです。そして、廃棄するなら騒ぎが起こらないような場所、つまり外に情報がもれない木の中に捨てているのだと思うのです。逆に木の中で私たちを造っているんだとしたら、騒ぎにならないように捨てたりはしないかと。ましてや失敗作が自分たちのもとに帰ってこられるような機能はつけないと思うのです」
「なるほど」
 いや、そんなことより気になる言葉があった。
「また失敗した?」
女の子はうなずく。
 気付けば大きな扉の前についていたが、ヘルメット男らしき人物はみあたらない。
 足を止める。
「はい。また、ということは何人か前例があったということですし、私が木の中にいたということは、その前例の方々もここにきていると思うのです」
「なるほど」
 考え方になかなか筋が通っているため、納得せざるを得ない。白衣の人達の記憶より前があるという線も捨てきれないが、彼女がはっきりと否定してきたから意志を尊重しよう。それにしても水槽に人間、いや、超人なんだから人型のものか、が入っているなんてにわかには信じがたい。見た目は人間と変わらない女の子に機能をつける、という表現が不釣り合いなようにも感じた。それでもつまることなく話してくれたのだから、これも事実なのだろう。
 そもそもこの女の子はうそなんてつかないような気がする。昨日も信じられないような話を信じさせられた。この女の子には、なぜか不審な感情を抱けなかった。はぐらかすことはあるが、それでも家にいたやつらとは違う。もし親父なんかがこんな話をし始めたら家中の奴らに言いふらして笑ってやる。
 いいきみだ。
 頭の中で親父に勝利した満足感に、思わずにやりとする。女の子はそれをまったく別の感情からくるものだと解釈したらしく、やっぱりいませんね、とすこし気を落とした様子で呟いた。
 いらついているように見えたのか。
「気長に探そう。他にすることもないんだ。今度は時計塔とやらに案内してくれないか」
 女の子がまた謝ってきそうな空気を察知した俺は、普段より出来るだけ明るい調子で、そういった。


 時計塔は街の中心にあるらしい。中心街に向かう途中、女の子から木の中について色々話をきいた。
 街外れの森の中には、外の世界にある巨木と同じような大きな木があるということ。人によっては突然声をかけてきて勝負を申し込んでくる人がいること。勝負とは経験値をためるために行うものだということなど。
 気の良い返事をしたいところだが、うまい返しができないまま人ごみのなかを歩いていると、女の子が驚いたように、きた道を振り返った。
「ヘルメットのやつがいたのか」
 俺の言葉に女の子は首を振り、しかし足を止める。
「ヘルメットの方はいませんが、エンゲージについて説明します。ついてきてください」
 女の子はいつになくしっかりした口調でそう言った。エンゲージは勝負して経験値をためるものだといっていたから、戦う相手がいたということだろうか。
 女の子についていきながら、勝負の方法とやらを考える。経験値がたまる、というからにはゲームで対戦でもするのだろうか。
 女の子は、どうやら少女を追っているようだった。
 少女は、振り返って追いかける俺たちを見て悲鳴をあげ、走った。手には大きなぬいぐるみを抱えている。もこもこと膨らんだ、羊という家畜のぬいぐるみだった。ゲームでみたことがあるから知っている。
「あんなちいさいやつと戦うのか」
 走りながら、俺は女の子に問う。女の子ははい、と少し大きめの声で肯定した。俺が後ろを走っているから、声がきこえないことを配慮したのだろう。
 女の子はおとなしそうにみえて、意外なことに足が速かった。ついていくのに精一杯だ。俺が普段庭掃除しかしていないせいだろうか。
 大通りにでたところで、女の子が少女に追いき、手を掴んだ。少女が再び悲鳴をあげる。周りの人が、何事かとこちらに視線を向けていた。俺たちを取り囲むように人ごみをつくりはじめたところで、女の子も周りの様子に気付いた。自分が異常に注目されていることにとまどったのか、硬直する。
 俺も注目される事にはなれていない。どうする。
 少女はわんわんと声をあげて泣き始めた。もっていたぬいぐるみをより強く抱きしめている。
 頭の中がぐるぐるとまわった。冷静に考えればこの状況はじつに芳しくない。クールじゃない。小さな少女を二人掛かりでおいかけまわすなんて。しかも他人。少女の泣き声に引き寄せられて、店に入っていた人なんかも集まってくる。周囲の視線がいたい。これからどうなる。刑務所とかいうところに連れて行かれるのか。そこで罪を反省していろといわれるのだろうか。何年くらいででられるだろう。
 妙案がうかばないどころか、よくない未来を頭の中で描いていたところに、俺たちを円形に囲んでいた人ごみの中から一人、青年がでてきた。
 動きやすそうな格好をしていて、目が赤い。充血などではなく、瞳が赤かった。
 青年は少女に近寄り、身を屈めて少女と背丈をあわせると、大きな手で頭をなでた。女の子が泣きながら、青年にだきつく。目からこぼれる涙の粒を指ではらってやりながら、青年が俺の方をみた。
 そのときの青年は、心臓が抜けとられそうになるほどおっかない顔をしていた。
 憎悪にかられた顔、というのだろうか。
 少女の知り合いなのだろうか。追いかけ回したのはそりゃあ申し訳ないが、そんな顔をするほど怒らなくてもいいだろう。
 少女の泣き声にやり場のない戸惑いや怒りを向けたくなる。俺だって状況がよくわかってないんだ、泣きたいのは俺も同じだというのに。
「大丈夫?さがしたのよ。心配したんだから」
 ふいに後ろからかかった声に、周囲の人も俺たちも、誰もが皆、声の主のほうへ顔を向けた。
 女性だった。先ほどの青年と同じく、動きやすそうな格好をしている。このくそ暑いなかのばした長い髪を、風にあそばせていた。
「私たち、ご両親からきみをさがすように頼まれたのよ。昨日の夜に気付いたらいなくなってた、っていわれて」
 その女性の言葉は、俺と女の子は変質者のレッテルをはがしてくれたようだった。ちいさな少女を追いかけまわす怪しいやつではなく、いなくなった女の子を探す善良な人にクラスチェンジ。関心を失った人々が日常の生活にもどり、人だかりは崩れていった。
「とりあえず、お腹すいてない?なにか食べたいものはないかな」
 先ほどの青年と同じく目線をあわせて話しかける女性の言葉に、少女はアイスが食べたい、と涙ぐんだ声でいう。
「あなたたちも、よかったら」
 よかったら、といっているがこれは選択肢なんてないもおなじだろう。
 この二人は少女の両親から頼まれて探していたのかもしれないが、こちらは急に知らない少女を追いかけ始めた不審者だ。ここで逃げたら怪しい事間違いなし。
 顔面蒼白の女の子はぜひ、とかろうじて微笑んだ。


 先ほどの騒ぎをおこした場所から、歩いて数分とかからないところにある飲食店に入った。古くさい時計の飾られた、静かな店内だ。人もまばらで、先ほどの騒動や、外の盛況さから切り離されているかのようだ。テーブルとテーブルの間にはしきりがおかれていて、そんな様子もまた、隔絶されている印象を強めていた。
 少女の希望により、入り口から一番離れた場所に座った。メニューを開いた女性にならい、手元にあったメニュー表を手に取る。
 二人もなんかたのんでよ、という女性のことばに、安い飲み物を頼んだ。なんの飲み物だったかはみていない。女の子は紅茶を頼む。
 何も頼まなかった青年を、女性が半眼になって見つめた。青年はそれを無視して、注文した際に人数分配られた水を飲んでいる。
「色々はなしたいことはあるんだけど、まずは自己紹介からかしら。あたしラズラ。よろしくね」
 女性、もといラズラはそういって隣に座りっている青年を小突いた。順々に名乗っていけということらしい。
「レトだ」
 ぶっきらぼうにそういった青年は、そのままそっぽをむいた。少女にどこかいたいの、と訪ねられ、なんでもない、と返している。少女は、レトになついたらしかった。大きな羊のぬいぐるみを、レトの膝に座らせている。
「わたしはウェンディ」
 順番がまわってきて、少女はにっこり笑いながら名前を教えてくれた。さきほどまで泣いていたというのに、すっかり機嫌はよくなったようだった。とりあえずは一安心といったとこだろう。たぶん信用とかはされていないだろうが。
「セルだ。さっきはおいかけまわしてすまない」
 名乗りついでに、ウェンディに謝っておく。彼女はあれほどまでに泣いていたにもかかわらず、いいよ、と許してくれた。
 小さいくせに、なかなか気だてのいい子だ。
 不安がひとつ消えて、安心するとともに女の子の名前がきける状況になったことを思い出す。
 なんという名前なのだろう。かわいい名前なんだろうな。
 そう思って女の子のほうに視線をやると、彼女はまだ顔面蒼白だった。うつむいているせいでよく見えないが、これはまちがいなく焦っている。
 なにに焦っているのだろうか。たしかにレトはこちらにきびしい視線を向けてはいるが、ラズラは友好的なように見える。ウェンディも先ほどの出来事を重くひきずるつもりはないようすだというのに。
 彼らに問題がないならば、女の子のほうに不都合でもあるのだろうか。と考えて、思い出す。
 女の子は自分は造られた超人だといった。そして、気がついたら木の中にいたと。
 造られた、というのがいつの出来事かはわからないが、部屋は一人暮らしのようだった。もしや、女の子に名前をつける人がいなかったのではないか。この動揺ぶりからみて見て間違いないだろう。
 なんといって助け舟をだせばよいのだろうか。さきほどの人ごみのときはうまいフォローもできなかったが、今回こそは。
 この子は高貴な生まれで、気安く名乗る名前などない、とかか。いや、反感をかいかねない。
 俺がぐだぐだと考えている間に、女の子は顔をあげた。
「すみません。私、名前がないので名乗れません。ウェンディさん、こわい思いをさせてごめんなさい」
 やっぱりか。言い切った女の子はウェンディのほうをみて、怖がらせるつもりはなかったんですが、と弁解している。いいよ、と先ほどのように笑ったウェンディは、
「おねえちゃん、どうして名前がないの」
と、最悪な質問をした。
 女の子は、だれこれかまわず自分が超人だとはいいたくないだろう。俺のときもワープの話をする前までは占いだと言葉をにごしていたのだし。ラズラとレトは、ウェンディと同じく女の子の次の言葉を待っているようだった。
 店の人が、注文したものを運んでくる。コーンにのった白色のアイスと、アイスコーヒー、紅茶がふたつ。テーブルの隅に丁寧に並べたあと、注文は以上でしょうか、と念を押してから紙切れをおいてテーブルを離れた。
 ラズラが、ウェンディにアイスを渡した後、俺と女の子の前に紅茶をおいてくれた。どうやら俺は、女の子とおなじものを頼んでいたらしい。
 ウェンディがコーンの上にのったアイスを食べはじめる。
「失礼な事をしましたし、お話しします。名付けてくれるような人がいないんです。私は超能力が使える超人で、おなじように不思議な力をもった仲間を探しています」
 一息でそう説明すると、女の子は小さく息をはいた。うつむいてからおそるおそるといったように顔をあげる。俺も周りの様子を確認するために同じテーブルを囲む三人の様子を見る。ラズラはへえ、と少し驚いた様子で言ったが、特に疑っている様子はない。レトは予想通りというかなんというか、怪訝そうな顔をしていた。最後にウェンディはといえば目をきらきらと輝かせ、テーブルに身をのりだした。
「じゃあおねえちゃん、すごい力で悪い奴をやっつけたりするのかな!ハテナとか、いっぱい解決しちゃったりして!」
 ハテナ?
 そのことばに俺の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。もしこれがゲームの中ならば、用語の紹介ページが更新されただろう。
 ジャスミンはその言葉に照れくさそうに笑った。ラズラもかっこいいね、と同意する。ハテナを知らないのは、俺とレトだけのようだった。奴も頭にクエスチョンマークをだしている。
 もしかしてこいつは、俺と同じように、木の中に入ってきたばかりなのではないか。
「ハテナってなんだ」
 レトが馬鹿正直に問う。小さい女の子を前にして質問をすることに対する恥なんかはないらしい。俺にはできない。クールじゃないからな。
「まあ、その話は後ね。今はウェンディの方が大事よ。あなたたちは、彼女の両親に頼まれたわけじゃあないわよね。どうしておいかけていたの」
 レトの質問を空中にぶら下げたまま、ラズラが問いかけてくる。あなたたち、とはもちろん俺と女の子のことだ。レトの方はといえば、それで気をわるくしたふうもなく、俺たちに向き直った。
「こんなちいさな女の子をおいかけまわして、たのしかったか」
 いやな質問の重ね方だ。レトが俺たちに嫌な顔をするのは最低な出会い方をしてしまったせいだろう。こいつはおそらく俺たちのことを怪しいやつだと思っている。俺も、もしレトの立場だったなら同じような態度をとるとは思うが、それでも自分が嫌な扱いを受けるのは納得がいかない。弁解したいところだが、なぜ女の子がウェンディを見つけて追いかけ始めたのかわからないため、言い返す事もできない。
「すみません。セルさんは私についてきてくれただけで、追いかけ始めたのは私です。ウェンディさんがハテナを出現させたようだったので、消滅させようと思って」
 女の子が二人の質問に答える。いや、一人のは質問というより嫌みだったが。ハテナ、という再びでてきたワードをきにしながらも、セルさんと呼ばれた事になれないむず痒さを感じる。
 そんな呼び方するやつ、会ったことなかったぞ。
「あなた、ハテナの発生源がわかるの」
 ラズラが運ばれてきたアイスコーヒーをすすりながら、問う。女の子が頷いた。
 ウェンディは小さく体を震わせると、食べていたアイスの残りを口の中に放り込み。レトの膝に置いていた羊を再び抱えた。
 レトはウェンディのあたまをなでながら、片手をあげて再び同じ質問を繰り返す。
「ハテナってなんだ」
「ハテナは、ここで起こる異常現象のことです。木の中にいると、夜に願った事がかなってしまう事があるんです」
「それはなんでもかなうのか。雨が降って欲しいとか、偶然かないそうな願い以外にも、あんたのいう、超能力が使えるようになったりもするのか」
 レトの質問に答えた女の子に、彼は意外にも質問を続けている。ラズラにきいたから、お前に答えられる義理はない、とか、いうと思ったのだが。
「かないますね。亡くなった方に会えたりとか、突然知り合いが別人のようにかわっていたりとか、なんでも」
「そうか。なら、それとウェンディになんの関係があるんだ」
 レトになでられて小さくなっているウェンディを見て、ラズラが声をかける。
「あなたをどうこうするとか、そういう話じゃないから。安心して。ちゃんとご両親のところに帰すわ」
 ウェンディが何度もうなずいているのを確認し、女の子が続ける。
「ハテナをおこした人とエンゲージという勝負をして勝つと、ハテナは消滅するのです。ハテナをおこした人からトイミューズが分離していることもあるのですが、今回は彼女のなかに残っているようだったので」
「そのトイミューズっていうのは、なんなんだ」
「人の心の形がトイミューズよ。人はそれぞれ心に獣を飼っていて、それを戦わせて経験値を稼ぐの。レトの中にもいるわよ。ハテナで願いがかなうと、持ち主と分離して好き勝手するトイミューズもいたりするんだけど、まあ今回は違うから、って話」
 女の子の代わりにラズラが答える。
 心に獣を飼っている、とは奇妙な表現だ。そんなものをどうやって戦わせるのだろう。
 女の子が、エンゲージについて説明する、といったからには、トイミューズを見る機会はあるのだろうが。
「ハテナが起こると、なにか変化があるということだろ。今、なにか変化があるようには感じないんだが」
 会話の外にいるのは気に食わなかったため、恥を捨てて俺も疑問を口にする。この空間には質問をする無知を馬鹿にするやつはいないらしい、という安心感がないと、年下を前にこんなことはできないのだが。
 ラズラは俺の言葉にうなずき、でも、あなたにはウェンディがハテナを発生させてるって視えてるんでしょ、と女の子にたずねる。
「はい、視えます」
 この状況で俺が最も信頼を置いているのはだれかときかれれば間違いなくこの女の子だ。そんな彼女にここまで強く断言されると、そうなんだ、と納得せざるをえない。俺はまだここにきたばかりで、普段の様子というものをあまり知らないのだし、今がおかしいと言われればそれに納得するしかないのだ。
 それにしてもこのラズラという女、すこしおかしい気がする。疑っているそぶりをみせているレトはともかく、あんな非常識な話をした女の子の言葉をここまで信用しているとはどういうことだろうか。
「いやな気分にならないでほしいんだが、なぜあったばかりの俺たちの言葉をそこまで信用できるんだ。もうちょっと疑うものだろう、普通」
 できるだけ女の子にも、ラズラにも棘がないような言葉をえらんで、たずねた。ラズラは、そんなのあたりまえじゃないと笑うと、続けてこういった。
「だってあたし、超人の知り合いがいるもの。そいつもハテナの発生源がわかるっていってたし、変なこといっぱいできるやつだもん。そいつは自分のことを超人じゃくて『人でなし』とかいってたけど」
 ラズラはその超人とよほど仲がいいのか、自信たっぷりな様子だ。まるで自分の話をしているかのように。
 あんぐり、といった様子でぽかんと口をあけた女の子と同じように、俺は驚いていた。多分、いま、とてもクールとはかけはなれた顔をしていることだろう。
 こんなに早くみつかっていいものなのか、超人って奴は。それとも実は世界の人口の二分の一が超人だとでもいうのか。
「でもまずはウェンディのほうがさきでしょ。彼女を無事に家に帰せたら、その知り合いの居場所おしえるからさ」
 からっと笑ったラズラの言葉に、安心したらしいウェンディが、ぬいぐるみの短い手をつかんで両手で拍手をさせている。なぜそんなことをしているのかわからないが。
 なにはともあれ、俺たちが次のステージに進むためには、そのハテナとかいうのを消滅させなければいけないようだ。

すすむ

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2012.08.15- Meijitsu Minori.