ストーリー
「いまからスードルが弱点を書き足したらだめなの」
「むつかしいんじゃないかな、彼のハテナは『だれにも負けない友達が、自分をいじめたやつをこらしめること』だから。書き加えても反映されない気がする」
ラズラとルルを見ているスードルに視線を移した。申し訳なさそうな顔で、上目がちに二人を見上げている。
ラズラがスードルの友人に視線を移して、彼女のトイミューズを友人の足元に向かわせた。不安そうな表情をしているスードルににだいじょうぶだと笑ってみせる。
「マインドルーム…」
ラズラの笑顔を見て少しは緊張が解けたのか、眉をハの字に下げたスードルが呟いた。きいたことのない言葉だ。
「マインドルームってなんだ」
きいたことのない単語の意味を尋ねる。スードルは目を伏せてしまった。
なにかはわからないが、彼が嫌がるようなことなのだろう。ならばなぜ口にしたのかはわからないが。
「木の中にいる人はみんな、これを持っている」
質問に答えないスードルをみて肩を下ろしたルルが、何も持っていない左手を差し出して、一度手を握ってからまた開く。すると、先ほどまで何もなかったはずの手のひらに小さな鍵がのっていた。
「この鍵は鍵の持ち主の精神世界につながってるんだ、そこがマインドルーム」
カードから出てくる怪物、人の願いが叶う世界、さらに、精神世界まで出てきた。他の二つも事実なのだから、精神世界とやらも本当にあるのだろう。
「スードルのマインドルームに入って友達の認識を変えてもらおう」
「前提として、あいつの弱点を書き加えても無駄なんだろ」
先ほど話していたことだ。スードルの『友達』の強さは揺るがないと。
ルルは自分の鍵を手品のように消してしまうと、続けた。
「基本はね、マインドルームにはスードルの友達への認識そのものがあるはずなんだ。それを書き換えたら、友達は弱くなる。いい案かもしれない」
精神世界にある認識を書き換えるとは、つまりスードルの友人への考え方を勝手に変えるということか。
あの友人はスードルの頭の中から生まれたのだから、スードルの考え方が変わるということは友人の設定そのものが変わることになる。
確かにそれだと帳面に設定を書き加えることと同じかもしれない。だが、
「人の認識を簡単に変えてしまっていいわけないだろ」
「いいわけないけど、彼を野放しにしておくのもよくないだろ。それに、スードルのトイミューズは彼の元を離れている。今からトイミューズを探しにいくのは時間がかかる」
スードルの表情は俯いているからよく見えない。が、よく思っていないことも事実だろう。
「前ハテナを起こしていた子は、普通にトイミューズを出していたが」
無理にマインドルームとやらに入らなくてもいいだろう。本人は嫌がっているようだし、その空間にあるものを書き換えたら考え方が変わる場所なんて、やすやすと入っていいわけがない。
オレとルルを交互に見ていたラズラが、見かねたように首を振って間に入ってきた。
「レト。ハテナを起こした人のトイミューズは大きく2つに別れるの。普段通り持ち主のそばを離れないトイミューズと、持ち主の行きたい場所に一人でいってしまうトイミューズ。ウェンディは前者で、今回のスードルは後者。あの友達を止めるなら、マインドルームに入った方が早く済むと思う」
「お前はそれでいいのか」
ラズラにも賛同されてしまえば、本人にきくしかない。俯いたままのスードルが問題ないといえば、オレとしても早く片付いたほうがいい。いつまでも『友達』が足元を見ていてくれるとも限らない。
「おねえちゃんとおにいちゃんは、いいよ」
ラズラと同時にルルをみたあと、スードルに視線を移す。
彼は申し訳なさそうに、ちいさく首を振った。
「おまえ、きらわれてるぞ」
「…こんな風に、信頼した人だけに鍵を渡すのが一般的なんだ。嫌いな人を部屋に入れたらなにをされるか、わからないからね」
ルルはそれだけいって、大げさに肩を落としてみせる。
思えば帳面をよこせといったり、『友達』の認識を書き換えようといったり、好かれる要素なんて微塵もなかったのだ。嫌われてしかり。
「じゃあ、スードルと二人で待っていようかな。仲直りしたほうがいいだろうし」
仲直り、とはスードルとスードルに嫌われている施設の児童のことだろう。それはいいことだ。が、
「スードルの友達を倒したとして、ハテナを解決するには、スードルのトイミューズを倒さなければいけないんじゃないか」
いま思い出した。スードルの友達は、彼のトイミューズではない。ウェンディのときはハテナの解決にはトイミューズ同士を戦わせなければいけないといっていたはずだ。
「きほんはそうだよ。でも本当はもう一つ方法がある。ハテナの原因になっている悩み事を解決すればいいんだ」
「ハテナの原因の悩み事の内容は、超人しか見えないんだけどね。だから、基本的にはエンゲージでしか解決できないの」
ラズラがルルの言葉に補足をする。
「お前はその超人なのか」
ルルがスードルの友達を見て彼のハテナだといったことから見ても、やはりこいつは超人なのだろう。
「そうだよ。うん。そんなことより、はやくスードルの友達をどうにかしようよ。友達が弱くなったらハテナの『だれにもまけない』って前提が覆って消えるだろうし、仲直りしたら万事解決だ」
つまり、このハテナを解決する方法はふた通りあるということだ。スードルの精神世界に入って友達が強いという認識を変えさせるために『何か』をする方法と、スードルがハテナを起こしたきっかけになる施設の児童と仲直りする方法。オレとラズラが前者の方法で、ルルとスードルが後者の方法で解決するために動く。どちらかの方法がうまくいけば友人は消滅する。
「スードルは、それでだいじょうぶかな」
ラズラがスードルの左手を握って尋ねるが、彼は答えなかった。代わりに空いた右手を握って、開く。
手のひらにちいさな鍵が二つのっている。
スードルが手のひらの鍵をラズラに差し出した。
「じゃあ、いってくるね」
ラズラがスードルの手から鍵を受け取り、頭を撫でると、二つ目の鍵をオレに渡してきた。
鍵を受け取る。
手の中に収まった鍵を見ていると、釈然としないものを感じた。
やはり、たとえ本人がいいといっても納得いかない。
スードルにとってあの石鹸のような生き物は友人だ。たとえ友人が強かろうと弱かろうと、あいつを思う気持ちは変わらないかもしれないが、この場を収めるためにあいつを弱くするのは違う、はずだ。
マインドルームは精神世界。スードルの中の友達の認識を書き換える。超人は願いの内容が見える。願いは施設の児童をこらしめること。
そもそも、スードルはオレたちに流されているだけじゃないか。鍵を出すときだって、ラズラに返事はしなかった。
「ちょっと待て」
何もないところに鍵を立てていたラズラの手をつかむ。
目を大きく開いた彼女は、その目でオレをみた。
「精神世界にいかなくとも、スードルの友達が懲らしめようとしている相手がなくなればいいんじゃないか」
「仲直りだけでハテナを解決しようってこと?」
さっきまで納得していたオレが代替案を言い出したせいだろう。驚きから、いぶかしんだような目線に変わった彼女の言葉に、頷く。
「そもそもただの喧嘩が原因であいつが出てきたのに、あいつを無理矢理倒したって消化不良だろう。今後スードルが施設に溶け込むためにも、仲直りするべきだ」
「逆に今この場だけ仲直りしても、また不満がたまれば友達が出てくるかもしれないけど。それこそ根本的に解決できなくないかな」
ルルが手をあげて反論してくる。こいつの意見は一理ある。一理あるが、それはスードルが成長しなかった場合だ。
「一度話し合いで解決できれば、友人に懲らしめてもらいたいなんて発想は出てこなくなるかもしれないだろう。仲直りの方法を考えよう」
意見を押し付けて会話を切った後、ラズラから受け取った鍵を、スードルに差し出す。
しかし彼はラズラとルルが何か反論するか気にしているようで、手を出してはこなかった。
ラズラは、何もいわなかった。
オレがやりたいことがわかったからだろう。探るような目つきではなくなっている。
オレは、スードルの本音を引き出したい。
本来これはスードルの問題だ。だが彼は困った顔をしてオレたちの話に頷いているだけ。これではルルが言った通り、同じことを繰り返すだけだろう。
スードルが『こうしたい』というやり方で解決しないと、あの『友達』に頼りっぱなしになってしまう。
よくわかっていなさそうなルルはラズラを見ている。言い返さないことだけわかったらしく、再び手を挙げた。
「また彼がでてくることになったら、どうする」
「スードルの両親が迎えに来るまで、オレがそばにいよう。あの友人は出させない」
ラズラもルルも児童に危険が及ばないうちに、あの友人を回避したいだけだ。言い合いが続いて解決策が出ないのは、最も不本意な結果だろう。
ラズラが何度か頷く。
「そうね、仲直りにしましょ。スードルも、元々はそのために買い物にいったんだもんね」
スードルに持っていた鍵を返すとために目線を合わせて彼に手を差し出したラズラが、彼が受け取るのを待っている。しかし、スードルは鍵を受け取らなかった。
「仲直りする時に、友達のこと、言いますよね」
あまり喋りだがらないスードルが、友人に目をやって不安そうに尋ねてきた。
「そりゃあ、彼らにしたら仲直りより「ロボット」の方がきになるだろうからね」
ルルの言葉に、スードルは再び顔を青くした。
「許してもらえると思いますか」
「それはお前次第だろう」
スードルの態度を見ていてわかった。オレとラズラがマインドルームに入って友人の件を解決してから、何事もなかったように仲直りするのが理想だったんだろう。マインドルームには入ってほしくないが、あの友人が出てきた説明をした上で謝るのは、最も望まない流れだったということか。
やはり、この様子では、再び友人を出しかねない。
「スードル、お前はどうしたいんだ」
手を体の前で組み、指をしきりに動かしながら、続く言葉を考えているようだった。答えずらそうにしているが、本人の口から言葉が出るまで待つことにする。
本人の返答次第によっては、マインドルームに入らなければ解決しないのだから。
「どうしたいってきかれても、答えにくいよね」
「助け舟は出すな」
ラズラは趣旨を理解しているはずだ。だが彼の気持ちを汲み取ろうとするこの態度では、スードルが考えなくてもいいように話を進めかねない。
ラズラはスードルに優しい。スードルに限らず、児童に優しいのだろう。昼間の児童の、彼女を慕う様子からも想像がつく。
しかし今回ばかりは、同じようなことが起こらないようにするために厳しくしたい。自分で殴りにいくならまだしも、絵に描いた友人に殴ってもらうなんて他力本願な考えを起こさないように、成長して欲しいのだが。彼女は本当に気づいているのか、疑わしくなってきた。
「ハテナが解決した後に仲直りしようとしても、彼らは『ロボット』のことは訊いてくると思うよ。おれが窓から見てる立場なら、すっげえ気になるもん」
ルルがスードルの友人を指差す。
「ほんとうに?」
スードルがラズラに尋ねる。マインドルームにオレたちを入れても聞かれたのでは、彼にしてはよくない流れだろう。どのみち謝るのは決めているようだから。
「うん。みんなスードルの友達があそこにいるの、不思議がってると思うよ」
「足元にラズラのトイミューズがいるしね」
ラズラの言葉に、ルルが続ける。
ラズラはずっとスードルの様子をうかがっている。彼女のトイミューズは石鹸の注意を引きつけているが、ラズラ自身は友人の方には目線さえ向けていない。こうやって話をしている間にも友人の気を引き、さらに捕まることもないのだから不思議だ。背中に目でもついているのか。
「お兄ちゃん、仲直りしたい、です」
積極的に自分の意見を出したというよりは、極めて消極的な考えからきているのは間違いない。だが、オレたちがいうことにおとなしく従うのよりは幾分かましだろう。
「よし、わかった。戻るぞ」
「ラズラおねえちゃん、おかえりー!」
施設の扉を開けると何人かの児童が出迎えてくれた。
「ただいま。皆レトお兄ちゃんとルルに迷惑かけなかった?」
「おねえちゃん、こいつらの作るメシまずいよ!」
オレとルルを指差して言う。ラズラが帰ってきたのが嬉しいのか、不機嫌そうな言葉とは裏腹に笑っている。
「頑張って作ってくれたんだからそんなこといわないの!」
そう言って飯の味に文句を言った児童のデコを軽く小突いた後、両手を握られた。
「ありがとね」
「いや、その子の言う通りだ。面目ない」
献立の選択も味付けも不評だった。腹を満たすだけのものを食わせてしまったことに非難されこそすれ、感謝されるいわれはない。
「ラズラ、そのマズイメシ味付けたの、おれだからね」
「そっか。マズイの意味がわかったわ。ルルもありがとね」
ちがうんだよなあ、とルルがぼやく。こいつもオレと同じ考えらしい。
「スードル、買い物頼んだのって誰かな」
「最初に買ってきてっていったのは、ロッグ。だけどみんなおこってる」
「じゃあ、謝りにいこうか」
そう言って、買ったものを入れている袋をスードルにわたして、手をつないだ。
「じゃあ、二階にいると思うから、いこ」
ラズラとスードルが二階に上がっていくのに続こうとして、足を止めた。
「スードル」
「なに、おにいちゃん」
「お前が『仲直り』をする様子を見届けたいんだが、問題ないか」
スードルが首を傾げた。ラズラと顔を見合わせる。
「元々そのつもりじゃなかったの」
そのつもりではいた。だがスードルはラズラと二人でいくものと思っている可能性もある。しかしこの様子だと、オレがついていくことに問題はないらしい。
「年上が大勢いたら、仲直りするように脅迫するのと同じだろ」
「気があうね、同感だ。というわけで、おれはスードルの友達の様子を見ておくよ」
ルルが出迎えてくれた児童と言葉を交わしてから、一緒に窓を陣取る。
ついてこない方がスードルも話しやすいだろうし、あの友人がラズラのトイミューズを気にしなくなった時のためにも、あいつはあそこにいた方がいいだろう。
改めて、スードルを見上げる。
「もんだい、ないです。おねがいします」
スードルの言葉に頷いて、階段を上がる。
ラズラは迷いない足取りでスードルの友人を児童が見つめていた部屋に向かい、扉を開けた。
児童が一斉にこちらを見る。
「おねえちゃん!おかえり!」
「あのロボットなあに」
「スードルどこいってたの。ご飯のとき、わたしさがしたのに!」
口々に喋り散らす児童の頭を撫でながら、笑顔を崩さないままスードルを前にだす。
「みんなごめんね。スードルがみんなに話があるの。きいてくれる?」
ラズラの一言で、空気が変わった。
好き好きに口を開いていた児童が口をつぐみ、不安げな表情でスードルを見た。
口を開かないスードルの前に、男の子が立った。
「スードル、おねえちゃんにバラしたのかよ」
一人の言葉に何人かがが眉を吊り上げてスードルを睨みつけた。
「ひみつっていったでしょ」
「うそつき!」
「なんでバラしちゃうの」
「ぼくたちがわるいみたいじゃん!」
糾弾されたスードルがラズラの腕に体を寄せる。
「ごめんなさい」
泣きそうな声を震わせて謝ったスードルは、そのままラズラの後ろに回りこむ。
児童は不満げな声をあげたが、追い詰める様子は見せなかった。
ラズラがスードルの前にいるからだろう。
この施設の問題が見えてきた。
ルルはパンを配った時に『みんな内緒ごとが大好き』だからパンを配ることはラズラには内緒だといったんだ、といっていた。それ自体は本当なのだろうが、内緒ごとなんて可愛いものじゃないものまで、ここの児童は共有している。
おそらくこの施設の児童は二つの顔を持っている。
ラズラの前では仲良く遊んで、ラズラが出かけている時には児童の中で内緒ごとを共有する。こっそりパンを食べたというような些細なものから、一人の児童に指示を出すような、自分たちの中に階級を作って下の者に指示を出すものまで、ラズラにばれないように共有する。
ラズラには親の代わりだから、養ってもらっている恩があるから嫌われたくないが、ずっといい子のままではいられない。好き勝手したい気持ちも抑えきれないのだろう。ラズラに内緒で食い物を食うぐらいでやんちゃ心を満たせるやつもいれば、それだけでは抑えきれないやつもいる。
スードルが煮え切らない性格だから起こった揉め事だと思っていたが、それだけではなかったということか。
「スードルはみんなとの約束を破っちゃった、って相談しにきたんだよ。あたしに告げ口しにきたんじゃないの」
ラズラが嘘をつく。スードルは児童に責められていることを相談に来たはずだ。
「ほんと?」
「ほんとだよ。スードルを見て。頼まれてたもの、全部買ってきたの、ね」
スードルに顔を向ける。目に涙を溜めたまま、動かなかった。
ラズラがスードルの手に硬く握られた袋を外し、児童の前に出した。
「これで約束破ったこと、許してあげれないかな」
児童が頷く。スードルから距離をとりながら、怒ってごめんねと謝っている。
謝られたスードルが、大きな目を見開いて驚いている。涙がこぼれていく。
『また彼がでてくることになったら、どうする』
ルルの言葉が頭の中に響く。
こんな表面上の仲直りだと、間違いなくスードルは友人を出す。
応えたはずだ。そばにいて、あの友人は出させないと。
「スードル、オレとの約束を覚えているか」
目の周りを赤く腫らしたスードルがオレを見上げて、首を傾げた。
「やくそく?」
心当たりがないらしい。
「オレが仲直りを見届けても構わないかと尋ねたら、お前はお願いしますといったんだ。仲直りはしたのか」
スードルが謝罪している児童を一人一人見つめて、首を振った。
「あの、ロボットのはなしなんだけど」
児童がスードルを一斉に見つめる。
「なに?」
「そいえばおねえちゃん、あれはなんだったの」
「もういないけど」
児童が思い思いに口を開くたびに、スードルが小さくなっているように見えた。
「あのひとは、ぼくのともだち。ぼくがみんなにあやまるのがこわくて、ハテナになってきてくれたの。ビックリさせて、ごめんなさい」
スードルが、今までよりいくらかしっかりとした口調で謝罪した。もしかしたら、児童が今の状況ではこれ以上怒ってこないことに気づいたのかもしれない。
「スードル、あんなともだちがいるんだ!」
「ロボット、かっこよかった!」
児童がスードルの友人を褒める。
ラズラが息をついた。友人のことで糾弾されないか不安だったのだろう。
児童に囲まれて嬉しそうに笑うスードルは、一見仲直りをしたように見える。
ラズラの方を軽く叩いて振り返った彼女に、部屋の外に出るよう指で促した。
「オレをここに置いてもらえないだろうか」
ラズラは横目でオレを見ただけで、返事をしないまま窓の縁に手をかけた。
彼女に許しをもらうため、続ける。
「嘘をつきたくないんだ。スードルに友人を出させないといった」
「ねえ、気づいたの?」
会話になっていない。
「なんの話だ」
「みんなのこと。みんなあたしのこと好きっていってくれるけど、遠慮してるんだよね」
気づいたのか、はオレの台詞だ。児童が顔を使い分けていることを知っているのか。
「ここのこと、心配してくれるんだね。ありがとね」
ラズラが笑う。作り笑いだとわかった。
「気づいているのに、知らんふりしているのか」
「度が入ってる時もあるけど、年上に隠し事なんて普通のことだと思うんだよね」
そうか、としか、言葉が出なかった。騒動になったことがあるんだと、児童をかばう言葉から察しがつく。
「本当にいてくれるの?木の外に出るためには、経験値を貯める必要があるのよ」
「外には出る。必ずだ。嘘はつかない。ここの面倒を見ながら、経験値を貯める。外に出るまでにスードルも施設のやつらも、一人前にしてみせる」
「ほんとに?」
ラズラがいたずらっぽく笑った。つられて、自然と息を吐き出している自分に気づく。
「何度もいわせるな。オレは嘘が嫌いなんだよ」
すすむ