ストーリー

2話

ルール

 どこにむかっているのだろう。
 いや、ゆっくり話ができるばしょ、と条件をつけたのだ。女の子の家にむかっているのだろう。本当の疑問はそちらではない。つまり、どんな場所にむかっているのだろう、という方だ。勝手なイメージになるが、目の前を歩く女の子の印象から目的地を推察する。
 かわいい、おとなしい印象の女の子なのだ。小さな、森の中にひっそりとたたずんでいるような、可愛らしい家に住んでいるのかもしれない。ヘルメット男と、もしかしたら両親と一緒に暮らしていて、暖かく出迎えてくれるのかもしれない。
いらっしゃい、よくきたね、なんて。
 好き勝手に今後の展開を想像しながら、女の子の後ろをついて歩く。
 はじめて見た町というものは、道脇に等間隔で設置された光を放つ棒によって静かに照らされている。地面は石の塊におおわれていた。掃き掃除が楽になりそうだ、と考えて、もうそんなことをする環境にはいないのだと思い出す。それ以外はあまり珍しいものは見当たらなかった。ゲームの中でだいたいみたことがある。暗いせいだろうか、それとも人がいないからだろうか。あまりに単調な景色に見飽きてしまって、いつもこんなかんじなのか、と女の子に声をかけると、今はもう夜遅いからです、朝になればにぎやかになりますよと丁寧に応えてくれた。ついでに光る棒のことを電灯ということ、地面を覆う塊はコンクリートといって、石ではないということも。
 女の子が立ち止まったので、俺も足を止める。
「どうぞ。外よりは、ゆっくりできるとおもいます」
 そういって足をとめたのは、異常な建物の前だった。
 まず、高い。俺のいた家の何倍はあろうかという程の高さをもっている。倍にして考えるのも気が遠くなりそうだ。円形の建物で、入り口はゲームの画面のような材質をしている。取っ手などはついておらず、どうやったら開くのか見当もつかない。
 ここまでみて、俺はこの建物に見覚えがあると認識する。
 これは、空から落ちていったときに見た石製の建物だった。
 しかし、近くでまじまじとみると、石で出来ているのではないのだとわかる。どちらかといえば地面をおおっている、コンクリートというものに近かった。地面は灰色なのに対して、こちらは白いのだが。
 ふいに、隣に立った女の子が口をひらいた。
「あ、これ全部が私の家というわけではありませんよ。その辺りのことも含めて、お話ししますから」
 俺があまりに長く建物をみていたからだろうか、変な勘違いをされてしまった、と女の子は少し慌てたようだった。
 女の子は早く家に入りたがっているようにみえる。うつむいて、肩を縮めてしまった。たしかに女子が人も出歩かない時間に外にいるのは危険かもしれない。
「いいだろう、詳しくきかせてもらおうか。だがその前にききたいことがある」
 正直、こんなことをきかねばならない日がくるとは思わなかった。
 女の子はなんでしょう、と会ったときと同じように首を傾げる。
 恥ずかしかったが、わからないものはわからないのだからどうしようもない。せめてもの抵抗にと、できるだけクールな、平然とした態度で疑問を口にする。
「どうやったらこの扉が開くのかおしえてくれ」


 扉は、自動式だった。はじめてみた。
 あまりの恥ずかしさに、壁に頭をうちつけたら、女の子に止められた。恥ずかしい。


 建物に入る。
 明るい光に包まれたロビーの壁には大きな切れ込みがはいっていた。その切れ目の隣に貼付けられた上矢印を押した女の子が、この建物について説明してくれた。
 曰く、木の中に入ってきた奴らが住んでいるのがこの建物である。ここ以外に自由に生活している人もいるが、多くの者はここを利用する。一人一人に個室が与えられていて、昼間のロビーにいる受付から鍵をもらえば、その鍵穴の先の部屋はすきに使っていいのだ。
 一体どんな奴なのだろう、行き場のない奴らにこんな建物を提供している物好きは。
 壁の切れ目の上についていた突起が光った。切れ目が開き、壁の中にちいさな、人が六人立てるか立てないかというような、小さな部屋が現れる。
「どうぞ。階段を使わずに上の階にあがることができます」
 女の子の指示通りに、小さな部屋に入る。女の子も入ってくると、俺が入ってきた入り口は左右から現れた壁によって塞がれる。
 女の子が壁に貼られた数字のプレートをおすと、体が持ち上げられるような感覚があった。これがワープか。木の前に移動したときは感覚がなかったが、なんとも形容しがたい不思議な感覚だ。頭がひっぱられたような、足場から浮き上がるような感覚だ。慣れていないからか、気分が悪くなる。
 木の中の人間はワープ装置をつかいこなすほど文明を進めているから、外に帰ろうとしないのだろうか。納得だ。
 ワープがおわり、俺と女の子は地面から遠く離れた高さまで移動したようだった。切れ目は左右に切り開かれて、再び外の世界と小さな部屋をつなげた。小さな部屋をでて、幅の広い廊下を歩き始める。
 ここはどのくらいの高さにある場所なのだろうか、と思い辺りを見回してみると、壁に8という数字が刻まれていた。もしかして、ここは八階ですよ、ということだろうか。八階と言えば二階の四倍だから、俺のいた家の、俺の部屋の高さの四倍ということか。いや、ちがう。俺の家より天井が高い。つまり、よくわからないがとても高いという事だ。わざわざワープして移動したのもうなずける。
 女の子が、0814と刻まれたプレートのかけられた扉の前でたちどまった。
「ここです。ながく歩かせてごめんなさい」
 俺の方へ向き直って頭を下げた彼女は、再び扉へ向き直った。ドアノブのしたに取り付けられた鍵穴に、ワンピースに隠されて見えない首もとからとりだした、鍵をはめた。くるりとまわす。扉がひらいた。中は真っ暗だった。
 女の子は先に扉をくぐり、扉と部屋の間にある、人が二人ほど並んで歩けるような幅の廊下の壁に埋め込まれたプレートに手を伸ばした。小さな音がして、扉の向こうの世界に明かりが灯る。
「どうぞ。お腹がすいているようでしたら何かつくりますが」
 女の子は俺を部屋に招き入れて扉を閉めた後、ありがたい事にそういった。
 腹が減っている訳ではなかったが、考える時間がほしくて頼む、と返事をする。

 廊下の先にある部屋まで案内して、中央に置かれた白色のソファの使用許可をくれた彼女は、はいってきた場所から右にある、扉の向こうに消えていった。
 ソファに座る。女の子の部屋は、想像に反して、必要なものしかない簡素なものだった。ソファの前に置かれた灰色のガラスのテーブルと、部屋の角に設置された観葉植物の他には何もない。客間だから必要なものしか置いていないだけで、女の子の部屋にはいろいろなものが置かれているのかもしれないが、味気ない印象はどこも同じなのではないかと感じられた。
 女の子の部屋事情はともかく、個室を与えられる、というからもっと狭いものかと思っていたが、なかなかに贅沢な広さだった。ゲームの建物のように部屋のしきりのない、ワンルームを想像していたのだが。
 俺も明日には受付けにいって部屋をもらおう。もう庭掃除もする必要はないのだから遊びたい放題だ。これからの毎日に夢を馳せる。
 …だめだ。そんなことをしている場合ではない。考えを、分からない事を、ききたい事を整理しておくのだ。女の子は説明するために現れた、といっても人間なのだし、待たせるのは悪い。
 今日の出来事を思い返す。わからないことがいっぱいある。
 まず、あのゲームのアイテムだ。あれはどんな効果のアイテムだったのだろう。ゲームが画面に映らなくなってからまっしろな空間に移って、ヘルメット男にあったのだから、なにか関係があるのかもしれない。
 次に、白い空間とあの白い髪のヘルメット男だ。女の子と知り合いなのではないかと思っていたが、今のところ姿を現さない。兄妹じゃなくて友人なのだろうか、他人なのか。
 それから俺のワープ能力についてだ。木の中ではそういう魔法的な文明が発展しているようだし、これはきいたらすぐに応えてもらえるだろう。もしかしたら先ほどの装置を使わなくても、自分で力をコントロールできるようになるかもしれない。
 後は木の中に入ってからの事だ。なぜ俺はあんな上空から落ちて生きていたのか。あの大きな扉はなんなのか。えらばれたひととはなんなのか、なににえらばれたのか、どうすればいいのか。なぜ女の子は俺のことを待っていたのか。


「すみません」
 思考の海に沈んでいたところにかけられた声によって、俺の意識は浮上した。ソファに埋もれるように体を預けたまま、下を向いていた顔をあげると、女の子はトレーをもって立っていた。これまた味気の無い、白いエプロンをつけている。
「もう夜も遅いので…スープをどうぞ」
 足をおって、ソファの前にあるテーブルの上にトレーをおいてくれた。
 助かる、頂こう。と武人のような言葉で感謝の念を伝える。もうちょっと良い言葉をえらべ、俺。女の子は、なぜか照れたようにうつむいてしまった。これはたぶん引いている。つらい。
 トレーの上には、女の子の宣言通りの赤いスープと、切り分けられたパン、ガラスのコップに注がれた水がのっていた。
 親父にしつけられて習慣になっている、食事前に手を合わせて命に感謝するいただきますを呟いてから、スプーンを手に取る。
 顔に似合わず料理が下手だったらどうしよう…という恐怖から、最初は少量を口に運んだ。
 夏であることを考慮してか、スープは冷たかった。
 旨い。
 赤いのは、おそらく赤パプリカを使用しているからだろう。タマネギの甘さが効いていて食が進む。スープを飲みほした後は皿に残ったものをパンにつけて食べる。
 腹が減っているいないに関わらず、いくらでも食べれらるような旨さだった。パンもなくなり、水を飲み干す。
 一息ついて女の子の方に向き直る。食べるのに夢中で気付かなかったが、女の子は氷嚢をもっていた、青い色の。俺が食べている間にもってきたらしい。トレーを持っていたときはなかったはずだ。
「意識はしっかりしているようなので、これを」
 頭の上に氷嚢をのせられた。女の子は俺の隣に座り、氷嚢がおちてこないように支えてくれている。それは良いのだが、なぜこんなものをのせてくれたのかわからない。
「壁に頭をぶつけるなんて、いけませんよ。いたくはありませんか」
 なんということだ。
 あんな恥ずかしい、一瞬の気の迷いからの行いを心配してくれているらしい。再び恥ずかしさがこみ上げてきた。耳まで体温がまわったようで、熱かった。
「大丈夫だ、問題ない。それより、いくつかききたいことがあるんだが」
 至近距離にいる女の子。俺の事を心配してくれている女の子。女の子の部屋に上がっている俺。意識すると、冷静になるために再び頭を打ち付けたくなる。が、そんなことをしたらまた隣にいる女の子を困らせてしまうので、話を進める事にした。女の子はほっとしたような表情を浮かべて、なんでしょう、と微笑む。
「なんでこんな時間にあんな場所にいたんだ。あの少し前に周りを見たときは誰もいなかったようにみえたんだが」
 最初は、相手が応えやすい質問の方がいいだろうと踏んで、女の子についてからきくことにする。
 女の子は、ややためらったようなそぶりを見せてから、俺の目を真摯に見つめて、こたえてくれた。
「…へんな応えになってしまうのですが、占いが趣味なんです」
「占い?」
 女の子は、なにか緊張しているようにみえた。占いが趣味だといってまわりに引かれたり、バカにされたことでもあるのだろうか。
「はい。厳密には、ちょっと違うかもしれませんが、占いです。今日の占いで、あなたが外の世界から落ちてくるとわかっていたので、隠れて、様子をみていました。ごめんなさい」
 いや、べつに謝られる事はしていないんだが。
「占いで、そんなことまでわかるものなのか」
 俺が、興味はないなりに知っている占いといえばこうだ。カードを使って対象の未来をのぞいて、「不吉…」といったり、適当にカップルを褒めまくって金を稼ぐ、といった感じの。まあゲームでみただけだが、現実とそう差異はないはずだ。
 だが、女の子のいっている占いはカードに運命が映るなんてレベルのものではない。えらばれしものという俺が視えていたということは、俺がここに来るのは運命だったというのか。それはそれでかっこいいんだが。ワープ装置があるように、やはり魔法が一般化されているのだろうか。
「いや、なんといえばいいのでしょう…。へんなことをいいますが、あなたは超能力を信じますか」
 きた。やはり木の中では魔法が使えるのですよ、というパターンだ、これは。
 そんなこと当たり前にできる、と主張すべく、今日木の外でワープしたことを思い出す。俺は、木の中に入る前から魔法が使える『えらばれしもの』なのだ。多分。
「ああ。俺も木の中にはいる前に使ったところだ。いままでそんなことは出来なかったはずなんだが、突然使えるようになった」
 女の子は、その言葉をきいたとたん目を輝かせた。海のような碧い目を、光を浴びたガラスのように光らせて、俺をみた。頬が、気持ちの高揚を現してあかく染まる。
「そうなのですね!納得です。実は、私の占いもあなたの超能力とおなじなんです」
「それはつまり、占いは魔法や超能力とおなじたぐいのものということか」
 はい、と、女の子はいままでみた中で一番の笑顔をみせた。一番といっても、笑顔になった事自体がはじめてだったのだが。優しげな雰囲気をみせながらも、どこかそわそわしていたり、緊張しているようだったから。
 説明できるか不安だったのだろうか。
「あなたも超人だとわかって安心しました。予知に映ったのも納得です。わたし以外の人、みたことありませんでしかたら」
 ちょうじん?
 女の子は会った当初より親しげな若干くだけた口調で、饒舌に、そういった。
 木の中に入ると超人になって超能力が使えるようになるのか?ならみたことないとはどういうことだ。そもそも俺は木の外で使ったぞ、ワープ。
 女の子は安心したといってくれているが、話がどこにむかっているのかわからない。このまま適当に相づちを打った方がいいのか、わからないことは正直にきくべきか。また恥をかくことになるかもしれないが、わからないまま女の子に共感されてもだましているような、うしろめたい気持ちになる。
 しょうがない、きこう。
「木の中にはいると皆超人になるのか」
 いうんじゃなかった。わるいことをしたと思った。知ったかぶりをして、相づちをうてばよかったと、後悔した。女の子が、話が食い違っていた事を理解して、顔を真っ青にしたから。
 氷嚢を支えていた手が、ちからなく落ちていった。氷嚢はソファに落ち、シミをつくりはじめる。俺は女の子の様子をうかがいながら、氷嚢をつかんで再び頭にのせた。本当はこんなもの必要ないのだが、彼女の好意をむげにするのも申し訳ない。
「ごめんなさい。持ちます」
 放心したかのようにぼんやりとしていた女の子は、俺が氷嚢を頭にのせるのをみて我に返ったようだった。女の子に持たせると体制がつらいだろうからと断ったら、ふたたびごめんなさい、と謝罪して、テーブルの方に体をむけた。
 謝罪したいのはこっちなんだが。
「すみません。勘違いしていたみたいですね、わたし。木の中に入っても超人にはなりません」
「いや、俺がよくわかってないのにいったんだ、すまない。それで、超人とはなんだ」
 このままあやまっていても話が進まない。女の子の気持ちはさておき、しっていることは全部話してもらおう。
 女の子はためらうように視線を泳がせたが、観念したらしい。突飛な話になると思います、といってから、続けて話してくれた。
「超人は、わたし以外に会った事ないのではっきりとはわかりませんが、超能力が使えます。私の場合は、予知。この街に何人か、いると思うのですが」
 へんな言葉だった。会った事がないのに、所在地がわかるとはどういうことだ。
「なぜそんなことがわかる。ほかの超人はみたことないんだろう」
「超人は自然に生まれるのではなくて、なにかによって造られているのです。私がはじめて見た景色は木の中のようすでした。造った後に、木の中に送り込んでいると思うんです。わたしがそうだったので、おそらく他の人も」
 超人が造られている。ということは目の前の女の子は人間ではなく、ゲームにでてくるアンドロイドなんかのたぐいなのかもしれない。柔らかそうに、普通の人間と同じように見えるが、体は硬くて、つめたいのだろうか。
「なんのために、だれがつくっているんだ」
「わかりません。ごめんなさい。おなじ超人にあえたら、なにかわかるのではと思って、探しているのですが」
 女の子の表情に陰りがみえる。
 女の子は、仲間をさがしているのか。見た目は人間と変わりない奴らを捜しているのか、途方もない話だ。ワープが出来るなどといって、女の子をぬか喜びさせてしまった事を再び悔いる。きっと人間にはわからない苦労をしているだろうというのに。
 あんまりきいて良い話ではなかったな。例えるなら、家庭環境の複雑な仲間の家に訪れた主人公、そんな感じだ。
「…まあ、超人の話はこれでいいとして、なんで俺を待っていたんだ」
 いいんですか、と拍子抜けしたように呟いた女の子は、言葉とは裏腹にはにかんだように笑う。
 女の子の様子を見る限り、やはり、超人だからといってなにかと周囲に馬鹿にされてきたのだろう。早々に話題を変えて正解だったようだ。
 再び体ごと俺の方に向き直った女の子は、俺の目をみつめた。
「予知したんです。いや、ずっと前から、予知でみる光景の中にあなたがいたんです」
「どういうことだ、それは」
 女の子は、思い出すように天井をみつめる。
「私はあなたと、他にも何人かと一緒によく行動しているようでした。あなたは超人で、だから一緒にいるのかと思って、街の中であなたをさがしていたんです。そうしたら、今日の夜中に木の外からおりてくることが視えて、それで」
「待っていたという事か」
 女の子は、うなずいた。女の子の不信な様子については、まあ納得ができた。人をだますような人には見えないのだし、こんなうそのような話をわざわざしてくれているのだから、本当の事なのだろう。
「俺は木の外から落ちてきたときは、なぜ生きていたんだ。木の中は魔法が使える世界ではないのか」
「そんなことはありません。外からおりてきた人がそのまま亡くならないように、安全に着地できるようになっているんです。誰が、そんなきのきいたことをしているのかは分かっていませんが」
「ならさっきのワープ装置はなんなんだ」
女の子は心底不思議そうな顔をして首を傾げた。
「壁の切れ目から小さな部屋がでてくるやつだ」
 より詳しく特徴をところだが、名前さえもわからないのでうまく伝わらない。
 と、思っていたのだが。
「あ、わかりました。ごめんなさい。エレベーターのことですね。あれは魔法ではなく電気で動いているんです」
 女の子は小さく手を合わせて、説明してくれた。謝罪はきかなかったことにする。ひらめいた、といった雰囲気の仕草がかわいい。
 電気というのはきいたことがあった。もちろんゲームの中でだが。きいたことはあるのだが、ゲームの説明をきいてもよくわらなかったので『なんかよくわかんないけどいろんなことができるもの』程度に認識している。
「あれがエレベーターか、はじめてみたな」
 とりあえず知っていました感をだすべく、とってつけたような言葉を口にする。あんまりクールじゃないな。
 女の子は、はじめて見たら驚きますよね、とフォローしてくれたが、それもなんだかかっこわるかった。
 しかし、木の中も魔法を使うのは一般的ではないという話をきいて冷静になった俺の頭は、ある仮説を生み出していた。女の子にとっても、きっとうれしい説だ。
「俺が木に入ってくる前の話になるんだが、お前にとっても有益な情報になるとおもう。自分の部屋にいてくつろいでいたはずなのに、気付いたら木の前にいたんだ。その間、夢の中のようななにもないばしょにいたんだが、そこでヘルメットをかぶった男に会った。あいつは、超人かもしれない」
 女の子の目が、俺の言葉をきいて再びきらめく。
 俺は続けた。
「俺はさっきまで自分がワープ能力をもっていると思い込んでいたんだが、あいつが俺を移動させたのかもしれない。木の中にきてくれといっていたんだ。普段は木の中にいるが、ワープして木の外にでて、俺を呼んだのだとしたら」
「ちかいうちに木の中にもどってくるかもしれない、ということですか」
 俺は頷いた。
 そう、おそらくあいつは超能力者なのだ。女の子風にいうならば、超人。あいつが俺をワープさせた。俺は誰かに造られた覚えもないし、木の中にきたのも今回がはじめてだから、能力はつかえない、普通の人間のはず。ならば俺がワープしたのはあのヘルメット男の仕業だろう。
 しかし、うれしそうにしていた女の子が小さく首をふった。
「そのヘルメットの人はたしかに私と同じかもしれませんが、全部があなたの推論通りではないと思います。木の中に入ったら、外にでることはできませんから」
 女の子が立ち上がった。手を差し出してきたので、氷嚢を返す。ありがとうございます、と感謝の念を告げながら受け取った女の子は、まだ扉の話をしていませんでしたね、といってつづける。
「木の中に入った人は、あの扉をくぐらないと外にでることができません。そしてあれは木の中で一番強い人の願いを叶えるときだけ、開くといわれているんです」
「願いを叶える?」
「はい。この建物をだれが管理しているのか、気になりませんか」
 それは気になっていた。
 だれが管理しているんだ、ときくと、女の子は誰もいないんです、と大真面目な顔でいう。
「この木の中は不思議な事ばかりおきるんです。だれかが『こうしたい』と願ったことがかなってしまう。この建物も、誰かがこんな施設がほしいと願ったからあるのだと思います。そして」

「願いを消す、『エンゲージ』というもので一番つよくなったひとだけが、外に出られます」

 いっている意味がよくわからないが、あの大きな扉を開ける者がえらばれた者だとすると、俺はまだ『えらばれたもの』にはなれていない、ということなのだろうか。

すすむ

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2020年12月27日にマルソールは移転をしました。

移転したことに伴い、URLが変更になります。
新しいURL:https://tm.memon.site/

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2012.08.15- Meijitsu Minori.