ストーリー

5話

超人仲間

「なんだってこんなへんぴなところに住んでるんだ」
  日も沈みかけている中、俺と女の子は森の中をあるいていた。足下が見えず、あるきにくい。女の子が地図を持ってはいるが、俺が先に歩いて段差がないことを確認しつつ進んでいる。
「こわい方なのでしょうか」
 女の子は俺の愚痴に見当違いの言葉を返してくる。はじめてあう仲間に緊張する気持ちは分かるが、目の前で必死にエスコートしている俺を、もう少し気にして欲しいものだ。
 少しいらだちながらあるいていたせいか、足下の確認を怠ってしまった。段差につまづく。視界が傾き、盛大にこけた。
「大丈夫ですか」
 女の子がかがんで心配そうに俺をみている。はずかしいが、うれしい。
「けがなどはしていませんか」
 女の子の言葉に短く返事をして立ち上がり、しめった土がついたのでたたいて払う。腕についたぶんはすぐに払い落とせたが、服にしめった感覚が残り気持ち悪い。
 なんでしめってるんだ。この土。
 気になりはしたが、女の子があまりに不安そうな顔をしているため、気にしないことにする。切り替えはクールにいこう。
「超人の家はまだ遠いのか」
 話題を変える。女の子は目をこらして地図を見た後、もう少しですと微笑む。
 暗い中でも女の子の表情ははっきりと見える。期待と不安が混ざり合っているのか、頬は紅潮し眉は下がっている。
「いいやつだといいな」
「はい」
 俺の気休めにしかならない言葉に、女の子ははにかんで応えてくれた。


 森とはいったものの、山道ではなく、木々の根が地面から突き出しているために足下をすくわれるのだ。
 再びこけて女の子に心配をかけることなどないように、細心の注意をはらいながらすすむ。
 木々がならんだ同じような景色をしばらく歩き続けると、開けた場所にでた。円形に花が植えられている中心に、家が建っている。
 俺が木の外で暮らしていた家を思い出す、木造の建物だ。木の中にきてはじめて見た。一階はなく、ツタの絡まった階段をのぼったところに入り口がある。近くまでいくと足下に扉があるのがわかった。一階はないが地下はあるらしい。隣には大きめの石が山積みにされていて、地面との間にちいさな隙間があいている。穴が小さいことと、暗さが相まって中の様子を見ることはできなかった。
 観察もほどほどにして階段を上る。
「ノックするぞ。いいか」
 ここにくるまで女の子は緊張している様子だったため、確認をとる。顔が真っ白になっている。碧い瞳を不安そうにふるわせていた。
「は、はい。大丈夫です」
 女の子の緊張をはらいたいが、うまい言葉が見つからず沈黙する。しょうがないので考えるのを放棄して、木造の扉をたたいた。
 いろんなことに対して切り替えが早くなってきたように感じる。
 扉の向こうから足音が聞こえてきて、なんでか俺まで緊張してきた。
 扉が押し出されてでてきたのは少年だった。空のように青い目をしている。
彼はそんな目で俺たちを捉えると、まっすぐに見つめてきた。
「やあ、ひさしぶり」
 そして不可思議な言葉を口にする。ひさしぶりなどではない。俺はこいつとはじめて顔を合わせたのだ。
「もしかして、しりあいなのか」
 女の子のほうに振り返り、たずねる。俺が会ったことがないのにひさしぶりというのなら、女の子とあったことがあるということだろう。
「…いいえ。はじめてお会いします」
 女の子も不思議そうに小首をかしげる。とまどってはいるようだが、予想外の言葉によって緊張は抜けたようだった。肌に血色がもどっている。
 少年は、女の子を見て目をぱちくりさせた後、ああ、と何かに納得したようにうなずいた。
「なんか混乱させたみたいだね。おれときみたちははじめて会うよ」
 もうしわけない、とあまり申し訳ないとおもってなさそうに謝罪してくる。
「ならなぜひさしぶりなんていったんだ」
 少年は俺の非難的な声色にも気にした様子をみせず、左手の指を立てていった。
「はじめて会う人にひさしぶり、っていうと距離が縮みやすいんじゃないかって思ってさ」
 なんてこった。こいつはへんなやつだ。かえりたい。
 女の子と仲良くなりそうな気もしないし。
 彼女はもっと無害そうなやつと仲良くなるべきだ。例えばそう、俺とか。
「それで、おふたりはどうしてここへ?もしかして迷子かな」
 ノブに手をかけたまま、少年が不思議そうに覗き込んできたので我に返った。
 そういえば、相手にしてみれば俺たちが勝手に乗り込んできたのだ。しかも月が昇っているような時間に。少し申し訳なくなるが、会って早々へんなことをいってきた分で申し訳なさを打ち消す。
 女の子が前に出て地図をさしだした。
「夜分に訪れて申し訳ありません。ラズラさんからあなたを紹介されたんです」
「ラズラ?」
 少年が女の子から地図を受け取る。しばし地図をみつめると、そのままそれをズボンのポケットにしまってしまった。
 おそらく、悲観的な想像をしたのであろう女の子が、悲しそうにうつむく。それをみて彼女の肩をちょいちょいたたいた少年は、家の中に入って手招きをした。
「ラズラのご友人。どうぞ」


 扉を閉めて、少年の後についていく。ゲームの建物のような狭い部屋に通された。四壁のそれぞれに扉がついていて、一つの部屋こそ狭いが建物自体は広いのではと想像できる。椅子に座るように促されたため、女の子の隣に座る。
 俺たちを案内した後、彼は同じ部屋にある、仕切りでしきられた空間にきえてしまった。
 女の子とも話す話題が浮かばないまま黙って待つこと数分。少年は、ファンシーな花柄のトレーの上に四つのグラスをのせて現れ、木製のテーブルの上に並べた。女の子の向かいに腰をおろす。
 手をだすのをためらっていると、手を甲から平にひっくり返す動作をして飲むように勧めてくる。そして自分から早々と手を伸ばして飲みはじめた。
「おれルル。よろしく」
 グラスの中の液体を半分ほど飲み干して、ついでとばかりに名乗ってきた。
「俺はセルだ」
 こちらも名乗りついでにグラスに手をのばす。氷と、やや黄色がかった茶色い液体が入っている。なにやら不思議な香りがしたため、口にはしなかった。人に会う度になにか飲んでいる気がするし。
 女の子の方に視線を移すと、ウェンディたちに会ったときと同じように少しうつむき、両手を握りしめていた。
「超人に会いにきたんだから、名前がないっていっても問題ないだろう」
 しょうがないので女の子に耳打ちをする。そうなんですけど、と反論するかのような言葉をいった後、表情をゆがめた。
 はずかしいのか、名前がないのって。俺にはそんな時期なかったからわからないんだが。
 そいえばルルが名乗ってきたのはなぜなのだろう。超人は皆がみんな、名前をもらわないというわけではないのだろうか。
「ルルさん。私には名前がないんです」
 少しして女の子が打ち明ける。うつむいたままではいけないと思ったのか、顔を上げてルルをみた。そして消え入りそうな声でいった。
 これから女の子は何度この行いをくりかえすのだろうか。彼女が困っているだけに気の毒になってくる。
 女の子が困っている様子を長々と見つめる気にもなれずルルの方に視線を移す。彼は女の子の言葉に何度かうなずくと、天井をみつめて指をくるくるとまわす。
「なら、ジャスミン」
 少し経って、ルルが呪文のように呟いた。女の子が目をまるくして彼を見る。
「ないならつければいいじゃないか。それで、ジャスミンはどうかなって」
 至極当たりまえのことのような口ぶりだが、考えたこともなかった。名前がないなら勝手につければいいのか。ジャスミン。言葉の響き的に女の子にぴったりじゃないか。
 女の子呆然と彼を見た後、小さく口をうごかした。
「…私は、ジャスミン」
 頬に涙を伝わせながら、女の子は微笑んで名前を口にする。
「素敵な名前を、ありがとうございます」
 そのままうつむいて顔をあげなくなってしまった。
「…別の名前の方がよかったのかな」
 女の子が、ジャスミンが泣いている意味をわかっているのかいないのか、気まずそうに目をそらしながらいうルル。ちがうんです、と否定しながらも顔をあげてはくれなかった。まだ泣き止んではいないらしい。
 その様子を見ていると、いいようのない気まずさを感じる。
 というかこの空間に俺は邪魔じゃないのか。
 そもそも俺はなんのためにここにいるのだ。
 超人同士のこいつらが二人で話すのが目的なのに、俺がついてきた理由はなんなんだ。ジャスミンのエスコートだけして、ラズラの方についていけばよかった。
「うわきもの」
 ジャスミンが泣き止まないまま時間が流れるかと思っていたが、どこからか聞き覚えのない、こもった声が聞こえてきた。
 ルルはその声に聞き覚えがあるらしい。下を向いて、笑った。
「浮気なんかしてないさ」
 ルルが足下に顔をむけて弁解している。
 足下?
 ルルは、影に話しかけていた。身振り手振りを交えながら、友達になっただけじゃないか、とか、きみの友達だよとか言葉をかけている。
 ジャスミンが涙をぬぐって顔をあげた。なにかよくわからない声がきこえて驚いたのだとは思うが、とりあえず泣き止んでくれてよかった。
「どなたか、そこにいるのですか?」
 ジャスミンの声に応えたのか、ルルの影がもちあがった。影の形自体はかわらないまま、なかから何かが浮き出てくる。ある程度持ち上がると、影の色とは違う別の色をした生き物がでてきた。
 それは、ちいさな女の子だった。
 体格から、ウェンディぐらいの年齢だと推察できる。頭につけている装飾品と、緑色の混ざった蒼い瞳が印象的な女の子だ。
「でてこないのかと思ったよ、ストック」
 影から腕がでてきたところでルルに手を伸ばし、引き上げてもらっている。足の先をペンキのような影が尾をひいていた。ちいさい女の子は、足先から伸びた尾の様な影を支えに浮いている。
 その様子をみただけでわかった。超人はルルのほうではなく、この女の子だ。普通の人間が影からでてきたり浮いたりするわけがない。ラズラのいっていた、変なこといっぱいできる、とはまさにこれのことだろう。
「様子をうかがっていました」
 しれっとした態度でいう。かわいくない。しかしジャスミンは、彼女の一連の動作にいたく感動したようだった。目を輝かせて興奮気味に話しかける。
「はじめまして。ジャスミンといいます」
 名乗ったところで、照れながらもうれしそうに微笑んだ。涙はすっかりひっこんでいる。
「きいていたので知っています。ストックです。どうぞよろしく」
 ちいさいくせに冷めた言い回しをする奴だ。よろしくといいながら顔をそむけやがった。ウェンディの方が年相応といった印象で、かわいらしかった。
 いや、ウェンディはレトになついて、こいつはルルとジャスミンが話しているのをみて浮気だといったんだから、両方ませているのかもしれない。
「自己紹介も済んだところで、質問してもいいかな。ラズラがなんでふたりにおれを紹介したのか」
 ジャスミンが泣き止んだからか、ストックがでてきたからか、ルルがここぞとばかりに話を進めようとする。俺もその考えには納得だ。もう日も沈んでしまったのだ。さっさと話してさっさと帰らないと。今日も部屋の鍵はもらえなさそうだが。
「私は、超人の仲間をさがしています。ラズラさんに超人のお知り合いがいるときいて、教えて頂いたんです」
「探してどうするんですか」
 ストックが淡々とした調子でたずねる。ジャスミンはそこで言葉を詰まらせた。口元に手をあてて、どう説明するべきか考え込んでいる様子だった。
「よく、頭の中に知らない人が映ることがあるんです。その中にセルさんや、ルルさんもいました。皆さんに会ったら、それがなにかわかるのではないかと」
 ルルもいたのか。すこしがっかりだ。いや、女の子の気持ちを考えると探し人が見つかって喜ぶべきなのだろうが。
「そうか。やっぱり、おれもきみを見たことがあるのかな」
 俺の気持ちを知る訳も内ルルは指を鳴らして、ジャスミンを覗き込んだ。ちかい。というかやっぱりってなんだ。さっき初対面だっていったじゃないか。
「ジャスミンのは予知だときいたぞ。お前はあいつにあったことがあるのか」
 身を乗り出してジャスミンの顔をまじまじと見つめているので、指で座り直すように指示する。
「いやあ、会ったことはないはずなんだ。けど、なんか見覚えがあってね」
 ルルがジャスミンから離れて顔をあげ、天井をみつめる。いままでの記憶をたどっているようだ。
「しりあいににてるってことですか」
 ストックはルルにもつれない態度のようだ。相変わらず淡々と喋っている。しかし彼は気にした様子もなく、ジャスミンなら街のバーゲンセールですれちがっても思い出せるよ、と両手を広げて反論した。
 どうやらジャスミンによく似た奴に会ったというわけでもないらしい。
「それは私の格好が変ということでしょうか…」
 小声でいって、傷ついたらしいジャスミンが深くうなだれた。会う前はあんなに緊張していたのに、肩の力が抜けている。いいことだ。
 たしかにジャスミンの服装は物珍しい。一日外を出歩いただけの俺でもわかる。まるでゲームのキャラクターのようだ。
 服が珍しいというのはストックもおなじなのだが。
「もう物覚えがわるくなってしまったんですか。あと何年一緒にいられるんです」
 なにも思い出せないまま、腕を組んで本格的に考え始めたルルに、あきれた様子でストックがいう。
 俺がいわれたら腹がたつであろうその言葉を、ルルは軽く流した。少なくとも一年は持つさと能天気に笑う。
 一年経ったらボケが進行する予定でもあるのだろうか。
 ストックはその言葉に納得がいかないらしく、しかめっ面をしてルルをにらみつけた。
 仲がいいものだとばかり思っていたが、もしかして険悪な関係なのだろうか。ならばさっきの『浮気者』は嫌みか?
「ストックが、超人なのか」
 二人の関係はよくわからないが、なにやら不穏な空気を感じた。しょうがないので、きかなくてもわかることをあえてきいて話をそらすことにする。
 ストックは表情を殺して俺に向き直った。危機は回避されたようだ。
「はい。ボクは超人ですが」
 やはりか。いや、知ってたけど。
 ストックはそのまま考え込んでいるルルを一瞥してから、ジャスミンに向き直った。
「ジャスミン。忠告します。超人を捜すのはともかく、ただの人間に関わるのはやめた方がいいですよ」
 ジャスミンが頭に疑問符を浮かべる。その様子をみて、ストックはやはり、と一人でなにかに納得したらしく、うなずいた。
 詳しくきこうと口をひらきかけたところで、俺のものとは別の声に言葉が遮られる。
「なにに腹をたててるんだ、ストック。紅茶じゃたりないのかい」
 いつのまにか記憶の旅から帰ってきていたルルが、空になったグラスを手に取りながらいさめる。テーブルに目をやると、俺とジャスミンのグラスを残して、他の2つは空になっていた。
 いつの間に飲んだんだ、こいつら。
 というか、ストックはいまいらついていたのか。
「そうですね。おなかがすきました」
 腹をさすりながらいかにもわざとらしそうにいう。しかしルルはその言葉を信じたらしく、夕食をつくるから待っていてといいだした。
 余り物になるけど、と付け足す。
「ふたりも、今日は泊まっていきなよ。もう外も暗いしさ」
 日が沈んでから来たのだから夜になっているのは当然だ。嫌みかと思ったがそうでもなく、ただの好意のようだ。
 ジャスミンと顔を見合わせた。こんな女の子を何度も夜中に歩かせる訳にはいかないため、何と応えるかは決まっている。
「すまない。そうさせてもらう」


 ジャスミンは、ルルの手伝いをするといって二人で仕切りの向こうにきえてしまった。ストックも空のグラスをもって二人についていく。
 話す相手もおらず、することもない。俺はあらためて部屋の中を見渡した。
 ジャスミンが住んでいた建物は、許可さえとれば誰でも使えるといっていた。なのになぜわざわざこんな森の中に住居をかまえているのだろうか。部屋が広いわけでもない。扉の数こそ多いが、ジャスミンに通された部屋の方がゆとりがあって落ち着いたのに。彼女の部屋はいささか簡素がいきすぎていたが。
 人の家を比較して文句をつけていると、他と違う様子の扉に目がいった。
 そこだけ扉の色が違うのだ。黄色。木製の扉に黄色のペンキでも塗り付けたのか、所々木の色味が透けて見える。塗るならもっときれいに塗れば良いのに。
 この向こうにはなにがあるんだろうか。
 一度振り返って、仕切りの向こうに視線を送る。三人ともこちらにかえってくる気配はなかった。
 黄色のノブに手をかけ、音がならないように慎重に押す。
 扉の向こうは、電気がついていなかった。大きいベッドが部屋の中心に設置されている。周りにはさまざまな動物の形をかたどったぬいぐるみが、ベッドまでの道を示すように並んでいた。ウェンディがもっていたのとは違うが、羊のぬいぐるみもある。
 だれかの部屋か。それにしては生活感がない。ぬいぐるみは隊列を組んできれいに並んでいる。部屋の主がいるならば、部屋をでる度に一体ずつならべているということになる。
「なにをしているんですか」
 ふいに、後ろから声をかけられ、あわてて振り返った。が、目の前にはだれもいない。
 なんだ。どこから声がしたんだ。
「したですよ」
 声にいわれるまま下を向く。ストックが、先ほどのグラスにあたらしい液体が入れたものをもって立っていた。背が低いから気付かなかった。普通に立つこともできるようだ。足先のペンキのような影は見られない。
「いや、なんの部屋か気になってな。扉が特徴的だったから」
 良い言い訳を考えるまでもない。なにをいっても嘘くさくなる自信があったので、素直に話す。ストックは疑わしいといわんばかりに目を細め、そうですか、と呟く。
「人の家を物色するとはいい趣味をしていますね」
 だいたい想像通りのリアクションだ。どう返してもこういわれたに決まっている。非はこちらにあるのだが、ジャスミンと違って全然かわいくないと確信する。
「それで、なんの部屋かはわかりましたか」
 てっきりねちねちと嫌みをくりかえすのかと思いきや、俺の不審者よろしい行動に興味をしめしたようだ。性格悪いな、こいつ。こんな行動に関心もつなんて。
 俺を馬鹿にするネタにでもするのかもしれないが。
「お前の部屋か?」
 ぬいぐるみを集めるのが趣味なのならば、なかなかかわいらしいところもあるものだ。そう思ったのだが、違いますと即答された。
「ルルくんの姉の部屋ですよ。帰ってはきませんけどね」
 俺を透かしてどこか遠くをみながら、淡々という。
 帰ってこないって、死んだってことか。
 ゲームなどでも大体そうなのだ。いったいどこをほっつき歩いているのかしら、などと心配されているキャラクターは、もうこの世にはいなかったりする。お墓にいくとイベントが発生したりしてな。
「なんでそんなことを話したんだ」
 ストックは俺たちを嫌っているのではないか。言い方冷たいし。そんなやつが勝手に部屋をのぞいた俺に、家族の死を知らせる理由はなんだ。
「ジャスミンにあたってしまいましたから。申し訳ないと思っています」
 淡々と、しかしややうつむきがちにそういった。あたったってなんだ。どれのことだ。よろしくっていいながら顔を背けてたことか。探してどうなるとかいってたやつのことか。忠告がなんとかってやつか。
「あたったってどれのことかなあ、とか考えてませんか。全部ですよ」
 なんだこいつ。心が読めるのか。見事に言い当てやがった。
「失礼なことをしたお詫びに、ボクにわかることなら教えようといっているんです」
 失礼なことをいったのはジャスミンに対してなのに、俺で清算していいのか。しかもルルの家族の死を話のタネにして。よくわからないやつだ。
「あなたにもひとつ忠告しておきましょうか。この扉と同じように、興味本位でジャスミンに近づいたのかもしれませんが、あまり関わらないほうがいいですよ」
「なぜだ」
 ゲームでよく見る悪質な占い師のような言葉に、眉根をよせる。そんなことをいわれてその通りにする人間が、いったいどれほどいるのだろうか。
「あなたはまだいいんだ。すきな子のそばにいられるなんて、幸せですからね」
 すき?好き?スキ?
 すきってなんだ。なにをいってるんだ。
 笑い飛ばしたい気持ちとは裏腹に、頭に血がのぼるのを感じた。心臓の鼓動が激しく感じられる。耳まで熱がまわっていく。出会ってからのジャスミンとの二日にも満たない思い出が、走馬灯のようにながれていく。
 彼女の笑顔を、まだあまり見ていないようだ。
「気づいていなかったんですか?ルルくんと彼女が二人で話してるのをみていらいらしてたじゃないですか」
 なにか反論しようとしたものの、うまい言葉がみつからないまま間抜けのようにぱくぱくと口を動かすだけになってしまった。というか、そんなことまでみてたのか。こいつは本当に心が読めるのか。
「すきというより、憧れですかね。くわしいところまではよくわかりませんけど。まあ、あなたのことはどうでもいいんです」
 人の心を揺さぶるだけ揺さぶって丸投げしやがった。やっぱり性格わるいな。
「つらい思いをするのはあなたじゃなくて、ジャスミンのほうだ」
 その言葉に、熱がまわっていた頭が急激に冷えていくのを感じた。
 ジャスミンがつらい思いをする?なんだ、それは。
「それはどういう…」
 思わずストックの肩をつかんだとき、彼女は鼻を小さく動かして俺から目をそらした。というより、振り返った。
「ご飯ができたようですよ」
 ストックは、見た目にそぐわぬ力で俺の腕をつかんで肩から手を離させると、何事もなかったかのようにテーブルに向かっていく。ルルとジャスミンが、テーブルと仕切りを何度か行き来して食事をならべている。
「セルさん、お待たせしました。ご飯ができましたよ」
 並べ終えたジャスミンがこちらに近づいてきて、にっこり微笑む。


 食事をしながらも、ストックの言葉が頭から離れなかった。

すすむ

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2012.08.15- Meijitsu Minori.