ストーリー
俺の下っ端人生は、長かった。
長年の雑用経験から、風のような速さで後片付けを済ませた俺は、ジャスミンと並んで待ちを歩いていた。
「アトレイさんにまたお会いしたら、あらためて謝らないといけませんね」
いや、謝りすぎなんだよ。気を遣いすぎなんだ。
そんなことを思っていてもしょうがない。彼女には伝わらないのだから。それよりも、建設的に彼女を元気付けよう。
「ききたいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
正直話題なんてなんでもいい。さっきの反省会以外なら。
しかし、とっさに話題が浮かばなかった。ききたいことがある、などと口にした手前、ごまかすこともできない。
ジャスミンが不思議そうに小首を傾げたところで、そもそもの、ジャスミンを外に連れ出す口実にした言葉を思い出した。
「何があれば、生活が豊かになるだろうか」
あまりにも情けない発言だ。
人によっては、例えばレトやストックにきかれていたら、冷めた目で見られたかもしれない。
しかしジャスミンは違った。そうですね、とつぶやいて、考え込むように空を見つめる。その真剣な態度に、申し訳なく思う。
変な質問をしてしまった。
「レアなシールがあれば、いいことがあったりとか、するのか」
ジャスミンへの罪悪感と、自身へのやるせなさから、話題を変えた。
彼女は質問ばかりされることに、嫌な顔をしなかった。
「エンゲージが有利に進めやすい、ぐらいですか。コレクターにレアなシールを売るとお金になるとかは、よく聞きますが」
レアなシールを集めて、エンゲージをして、強くなったら、外にでられるのだろうか。
エンゲージは、傷はつかないが攻撃されると痛い。確かに、どこかに、傷をつけられている気がする。
強い防具を集めて、痛い思いをしてエンゲージを続けて、そこまでして外に出てしたいことって、なんだろうな。
思考の海に片足を突っ込んだところで、我にかえる。
ジャスミンを喜ばせるって決めただろ、一人で海に浸かってる場合じゃない。
使命を思い出し、頭を左右に振って雑念を取り払う。
「セルくん、どうしました。気分がわるいのですか」
「いや、なんでもない」
大丈夫だ。
後に続けようとした言葉は、目を開けると同時に、頭の中から飛んでいった。
目の前の老人が、俺を見ていたから。
形容がしがたいが、目を見開いているそいつを見て、体がこわばるのを感じた。
老人は、どう見ても異常だった。年老いた人間に会ったことはなかったが、異常なことだけはわかる。
知り合いでもない俺をみてこんな顔はしないだろう、普通。
隣に立って体を支えようとしてくれていたジャスミンも、俺の視線の先の老人を見て顔を青くした。
「お知り合い、ですか」
「いや、他人だ」
状況がよくわからないが逃げようとして、咄嗟にジャスミンの腕をつかもうとした俺の手は、なにもつかめずに空ぶった。
隣にいたはずのジャスミンは、いつの間にか老人の前に立っていた。俺を体調が悪いと思っているからか、俺をかばうように二、三歩前に出て、老人を見上げている。
これは、まったくもってクールではない。
「どうされましたか」
「いや、驚かせたようで、すまんな。人違いだ」
老人はそれだけいって、俺を横切ってあるいていく。ゆっくりと。
「セルくん」
老人が離れたことを確認したジャスミンは、口元に手を添えて、小声で俺を呼んだ。
「あの方、ハテナをおこしています」
ジャスミンが俺をかばうように前に出たのは、ハテナがあったからか。願いの内容は俺にはわからないが、彼女が不安に思うようななにか、だろう。
「なら、ハテナを消滅させるんだろう」
「はい。そうしたいのですが」
ジャスミンは、ためらうように目をそらした後、青い瞳でまっすぐに、俺をみつめた。
「もう、願いが叶ったみたいなんです」
その言葉に振り返ると、老人の姿はなくなっていた。光の粒子のようなものが、ある一点に降り注いでいるようにみえる。
俺をみていたジャスミンは、あの老人が俺を横切ったあともみていたはずだ。
「あそこで、消えたのか」
「はい」
確認をとると案の定、彼女は証言のために頷く。
「さっきのじいさんの願いは」
「『あいつを一目みること』でした」
思わず息をのむ。体が、内側から冷えていくのを感じた。
あいつって、この話の流れだと俺のことじゃないか。
首筋を流れた汗が、冷たい。
「さっき、人違いって」
周囲を見渡す。てがかりになりそうななにかを、さがす。
俺はあんなじいさんは知らない。それなのに、俺をみて満足して、ハテナを消滅させるなんて変だ。それに、ハテナが叶った途端姿を消したということは、幽霊。いや、ちがう。
『野良のトイミューズは、持ち主である人間や草木なんかが死んでしまったときに、持ち主の未練が残る場所で暮らせる様に姿形を変えるんだ。環境に適応するためにね』
トイミューズ。
森にいた肉食うさぎは、環境に適応するために姿を変えた、だれかのトイミューズだ。
さっきのじいさんが町に適応するために姿を変えたトイミューズだとしたら、人を探すために歩き回っていたことになる。俺か、俺にそっくりなやつを探して。
いや、俺の知り合いなんて親父や兄貴ぐらいしかいないから、俺に似た、あの老人の知り合いを探していた。
老人は死してなお、俺に似た誰かを探すために町に馴染む姿を変え、歩いていた。月に願って、ハテナを起こすほど切実に、探していた。
なら、俺に似たそいつって、だれだ。死んでまで探したいと思われるそいつは…
「セルくん、大丈夫ですか」
不安げな表情をしたジャスミンを見て、我に返った。
大丈夫じゃない。
ジャスミンを心配して連れ出したのに、その彼女に心配させるなんて、俺はどうかしている。
「大丈夫だ。他人の空似というやつだろう」
大きく息をはきだす。そう、空似だ。たまたまだ。これ以上気にしない方がいい。これ以上、ジャスミンに心配をかけるわけにはいかない。
「ほんとうに、平気ですか」
「なんともない。声をかけられただけだし、体の不調もないから」
心配をかけないようにぎこちなく笑うと、ジャスミンも小さく微笑んでくれた。
愛想笑い。意外とうまくできているのかもしれない。
本来の目的を果たそう。
めぼしい店に入ろうと提案するべく、前方、ジャスミンの向こうに視線をやると、この炎天下の中、肩に大きなコートを引っ掛けた人物が路地に入っていくのが見えた。
アースだ。はっきり姿を見たわけではないが、間違いないだろう。この気候であんな格好をしている奴はそういない。隣か後ろか、遠くてよく見えないが、サリネとライもいるようだ。
なぜ路地なんかに入って行ったのだ。堂々と公道を歩けばいいではないか。
「どなたかおられたのですか」
ジャスミンが俺の視線に気づいたらしい。誰もいない角を見て、小さく首をひねった。
「アースだ。何で路地なんかに入ったんだと思ってな。だがしかし、気にするほどでもないだろう」
そんなことよりジャスミンを元気付けたいのだ。アースがどこを歩いていようが詮索するほどのことではない。
「手招きを、されているようですが」
ジャスミンの言葉を受けて、彼らが消えた路地に目を細める。確かに、白い手が俺たちの方を向いて振られていた。
「なんだ、あれは」
思わず疑問を口にしてしまった。ジャスミンとは何の関係もないことだ、反応するべきではなかった。
「先ほどのご老人と関係があるのかもしれません」
ジャスミンが俺に背を向けて、歩き出そうとした。彼女の服の袖をつかんで、引き止める。
「待て、俺は何ともない。さっきのじいさんだって、ただの人違いだ」
俺はジャスミンに元気になって欲しいんだ。彼女は俺が老人を気にしているように見えたから追いかけようとしているだけで、本当はそこまで気にしていないはず。
無理に厄介ごとに首をつっこむ必要は、ない。
俺が何ともないといえば、普通に買い物をして、ただの一日が終わるんだ。
ただの、一日。
自分で考えた言葉が、頭の中にある鐘を叩くように響いて、反響する。
それは俺が、つまらないと思っていたものだ。刺激が欲しいと、思っていたはずだ。
「何ともないようには見えません。迷惑をかけあおうって、約束したじゃないですか」
「そうだ。迷惑を」
気持ちをいおうとして、声がかすれていることに気づく。一度、言葉を飲み込んだ。
違う。
いおう。適当にごまかしてしまったら、俺はまた同じ間違いを繰り返す。ジャスミンを傷つける。
「お前が落ち込んでるように見えたから、元気づけたいんだ」
だから、今は俺のことはどうでもいいんだ。
続けそうになった言葉は飲み込む。あまりにも卑屈な言葉だと思った。
ジャスミンは、目を丸くしてから、小さく、ためらうように微笑んだ。
一度決めたら、心配したら周りが見えなくなるお節介で優しい彼女は、踏み出した足をゆっくり下ろす。
「私のこと、心配してくださるんですか」
「当然だ。迷惑をかけあおうって、そういうことだろ」
「そうですね、そういうこと、ですよね」
ジャスミンは、彼女の足元を見てから、再び俺を見た。深く息を吐いて、両手の指を絡ませる。
「セルくん。私たちは、お互いにお互いのことを、気にしすぎていたみたいです」
なんだそれ。どういうことだ。
え、とかは、とか、意味のない言葉を口にしてしまう。頭の中に、何も入っていないみたいだ。考えも、言葉もまとまらない。
「私は、セルくんに心配してもらえるほど落ち込んではいません。そして、セルくんは元気なのに、私は気分が悪いのだと勘違いをしました」
それは、お互いに元気な奴が傷ついているとか、気分が悪いのだと勘違いをして、不要な世話を焼いていたということか。
「私、よく勘違いをして失敗しています。アトレイさんとのやりとりのような間違いは、しょっちゅうしているんです」
「それは、そうなのかもしれないが、よくあることだから落ち込まないとは限らないだろ」
ジャスミンは、頬に手を当てた、そういわれると、といった態度で考え込む様子を見せたが、静かに首を振る。
「それでも、気をつかってもらうほどでは」
「そうか」
うまい返しが見つからなかった。徒労、だったのか。この状況はとても、クールではない。
「ありがとうございます。心配してくれて」
「あ、ありがとうございます?」
彼女は、お礼より先に謝罪をする女の子だ。なぜお礼をいっているのかわからない。無意味な心配を、勝手にしていたんだぞ、俺は。
顔が熱いのは、今が夏だからだ。朝からずっと、暑かったからだ。
「はい、ありがとうございます、です」
謝られると少しイラついていた。しかしお礼をいわれるのは、気恥ずかしい。なんと返していいか、言葉が浮かばなかった。
ジャスミンに微笑まれて、とっさに目をそらした。
「そんなことより、さっきの手、追いかけるか。どうする」
無理に話題を変えて、手が覗いていた路地に視線を移した。
手招きしていた手は、引っ込んでいた。温かみの無い、コンクリートに覆われた無機質な道が広がっている。
「おられませんね。路地に入ってみますか」
ジャスミンは、まだ俺があの老人のことを気にしていると思っている。
これは彼女の勘違いではない。俺は、確かに気にしている。俺に似た誰か。その誰かを探して、消えた老人。
気になる。はっきりさせたい。真相を突き止めたい。
それに、俺が望んでいた日常の形は、「ただの一日」であっていいはずがない。
「追いかけても、いいか」
ジャスミンが、力強く頷いた。ゲームの中の仲間ではなく、確かな体温を持った女の子が。
「もちろんです。いきましょう」
路地に入り、普段通る道よりも幾分か暗く、涼しげな道を進む。
道中、アースたちがまだここにいることを確信した。話し声がきこえる。声をひそめるような雰囲気はない。
「今回も成功じゃん!」
意味深な言葉のようにきこえて、ジャスミンと顔を見合わせた。
路地は何度も曲がり道があるから、彼らの近くの角で様子を伺っても気づかれないだろう。右手で、もう少し近づかないかと指差すと、ジャスミンは俺の耳に顔を寄せて、声をひそめた。
「手招きをされたくらいなので、出て行って挨拶をしたほうがよい気がします」
「あれが本当に俺たちに向けられていたかもわかってないんだぞ」
小声で言葉を交わして、数歩前に出た。曲がり角に背をつけて、姿勢を低くする。万が一、こちらを見られても、目線が合わない場所から覗いていれば見つからないだろうと思った。
小さく息を吐いて、慎重に、角から顔を出す。
アースたちは、いなかった。道の先にいるらしい。
ジャスミンを手招きして、先に進む。
「今他に、誰がいたっけ」
声が近くなった。爪先から慎重に地面を踏み、かかとをつける前に反対の足を出す。自分の姿を客観的に想像することは、しないでおこう。クールじゃない、格好悪い体勢でゆっくり進んだ。
音を出したら、見つかる。
「男の子がいるはずですわ、スケッチブックの。わたくしたちは、見ていませんが」
「ハテナ自体は起こした…、おや。待ってください」
会話が途切れたことで、心臓が跳ね上がった。
足音が近づいてくる。言葉を途中で切ったのはライのようだから、彼の足音だ。まちがいなく、見つかった。振り返るとジャスミンが息を潜めていたが、おそらくもう無意味だろう。
やましいことをしているのはあいつらなんだ。路地に隠れて、何かについて話している。俺たちは不思議に思って追いかけた。なんてことはない。俺たちは怪しくない。
それでもこの状況は、俺たちの方がやましいことをしていると思わされた。ジャスミンの言う通り、堂々と出て行けばよかった。
「今度はあなた方が迷子ですか」
ライが角から頭を覗かせて、微笑んできた。こんにちは、という挨拶とともに差し出された手を、ジャスミンが握り返す。
「こそこそ後をつけて、すみませんでした。先ほど私たち、この路地から手招きをされたような気がして」
ライは彼女の言葉に心当たりがないといった様子で天を仰ぎ、手招き、と呟いた。アースとサリネの方を振り返って、声を張る。
「サリネですか」
尋ねるような言い回しだったが、確信をもってきいている、そんな語調だった。
ジャスミンと一緒にアースたちに近づいていくので、俺もついていく。
俺がつけて歩こうとしたのに、ジャスミンに説明させてしまったことに胸が痛む。率先して発言するべきは俺だったのだ。
しかし予想していたほど、怪しまれていないような雰囲気だ。どちらかといえば、ピンチなのはサリネかもしれない。露骨に視線を彷徨わせて、冷や汗を流していた。
「ライ、騙されてます。彼らは、わたくしたちの計画に気づいたに違いありません。だから隠れて追いかけてきたんです」
早口に、サリネが意義を唱える。
騙されているのは、間違いなくライの方だ。サリネの態度はどう見ても怪しいし、もし本当に彼女が手招きのことを知らないとすれば、アースが俺たちを招いたことになる。
そう思ってアースに視線を移すと、彼は路地に置いてある白いゴミ箱から立ち上がって嬉しそうに、俺とジャスミンを交互に見た。
おそらく、状況を楽しんでいる。
その様子から、彼は手招きのことは知らないのだと思う。となるとやはり、サリネしかいない。
「計画に気づいた?」
ライが口を挟もうとしたように見えたが、その前に、アースが驚きと興奮が混ざり合ったような、はずんだ声できいてきた。
「計画って、何のことだ。俺たちは知らんぞ」
「本当に、気づいてないのか。嘘じゃなくて?」
ジャスミンが何度も頷いている。俺に視線を移してきたので、頷き返した。
「いや、そんなはずないだろ。サリネのいったとおりかもな。じゃなきゃコソコソしないだろ」
俺たちの返答を気にせず話を進めていくアースの言葉を受けて、なのかはわからないが、ライがサリネを見てからそういうことですかと呟いた。
どういうことだ。話が見えてこない。
「つまり、お前たちはオレのライバル!オレたちの計画を感じ取り、実行の瞬間を捉えようと追跡してきた、そうだろう!」
思い切り指をさしてきたアースの隣で、サリネが胸に手を当てて息を吐いているのが見えた。
この女、確信犯だ。自分中心に話が進まないようにしたのか。
手招きをした意図はなんだ。
「そもそも計画ってなんのことだ」
本当に何も知らないことを示すために、感情的にならないよう、尋ねる。何も知らないことさえ伝わったら、芋づる式にサリネの真意もきくことができるだろう。
「あえて説明を求めるのか、さすがライバル!張り合う気満々だな」
しかしアースは、サリネの話を信じ込んでいる様子だった。暑そうなコートを自分の手ではためかせ、さっきまで座っていたゴミ箱の上に立ち、右手を天に掲げた。
「オレもあえて説明しよう!オレたちはハテナをおこしてる。街の人の願いを叶えて、街中をハッピーでいっぱいにするのが、オレたち『あくの』の計画だ!」
なんだかよくわからんが、『あくの』か。クールじゃないな。
そんなことを思った俺とは対照的に、ジャスミンはアースの言葉を真剣に捉えたらしい。
「ハテナをおこすって、そんなこと、できるんですか」
「できますわ、ジャスミンさん。ライがいますもの」
アースの代わりに、サリネが胸を張って応えた。自慢げだ。
さっきまでそのライに追い詰められていたのに。何が誇らしいのか。
サリネの身内を自慢する様子と引き換えに、ジャスミンの『あくの』を見る目が、疑いを持ったものに変わった。
「何か、しているのですか」
疑惑の眼差しで見つめられたライは、愛想よくウインクを返す。
「大したことはしていません。おれは話を、悩みをきくだけです」
もったいぶった調子喋りながら、改めてジャスミンの手を取った。
「相手のことを思いやって話をきくと、相手は本心に素直になってくれます。素直に願えば、月が叶えてくれますから」
「本人が望む形で、願いが叶うとは限らないのですよ」
咎めるような口調だった。ジャスミンは、『あくの』の計画に反対のようだ。
俺だってこの計画は気に入らない。森の中で、変な形で願いが叶えられたばかりなんだから。
「どんな形だって叶わないより叶った方が嬉しいだろ。自分には無理だって、諦めなくていいんだから」
自分には無理だって、諦めなくていい。
アースの言葉に、心臓が叩かれたような衝撃が走った。
それは、木の外で生きたことのある人間にしてみれば、夢のような言葉だ。夢物語だといっても、言い過ぎではない。
木の外にはゼロがいる。ゼロに抵抗する手段はない。いろんなことを諦めて、小さな家で一生を終えるものだと思っていた俺も、確かにいた。
親父たちから離れて、女の子と一緒に人を探す未来があるといつ予想しただろうか。そんなものは妄想でしかなかった。ゲームの中でしかありえなかったことだ。
こいつらも、木の外でゼロに怯えて生きてきたのだろうか。だから、行きすぎた世話を焼いて、人の願いを叶えて歩くのか。
「誰かの願いで、本来なら傷つく必要のない人が傷つくことだって、あるんです」
ジャスミンがいい返す。
彼女の言葉に、俺は心の中で頷く。
現に俺がハテナをおこした時、彼女は月の力で動けなくなっていた。俺が願わなければ、おこらなかったことだ。
アースの言い分もわかる。ジャスミンの言葉にも同調する。俺には、どちらがより良い選択なのか、わからない。
中途半端だった。何もかも。
「さすが、ライバル!意思を曲げることはないようだな」
ジャスミンの手を握って上下に振ったアースが悩ましげに頭をかいた。
「でも女の子と張り合うのは、何か違うんだよな」
しばらく呆然と空を見ていた彼は、俺を横目で見ると、短く口笛を吹いた。体ごと向き直り、人差し指を向けてくる。
「ということで、セル!お前がオレのライバルだ!永遠のライバル!オレたちがハテナをおこすから、止めれるものなら止めてみるんだな!」
いった後、自分の手でコートをなびかせる。
ごっこ遊びか、クールじゃない。
そもそも俺は、その遊びの土俵に立てていない。
「それじゃ!『あくの』、撤収だ!」
返答する前に慌ただしく、アースが路地の向こうに消えていった。ライバル、青春っぽい!と喜ぶ声が、遠くなっていく。
「おさわがせしました。ジャスミンさん、セル。また遊んでやってください」
それでは、と手を振って、ライが小走りについていく。サリネは黙って路地の角まで走ってからこちらを振り返り、お辞儀をして、曲がっていった。
ライバル、それも、ゲームの中にしかいなかった。
欲しかったもののような気がするのに、なぜだか、うれしくはなかった。
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