ストーリー

9話

これからもよろしく

 ジャスミンが朝食を食べる様子を椅子に埋もれて眺めながめつつ、ラズラとの約束のことを思い出していた。
 今日の昼に時計塔に辿り着かなければならない。またあの森を超えるのは、正直億劫に感じる。一歩間違えればうさぎのえさだし。しかも彼女には悪いが、シールを手に入れてしまったのだ。会ってなんといえばいいのか。
「二人はこのあとどうするの、クリアくんや他の超人を探しに町に戻るのかい」
 タイミングよくルルが声をかけてきた。ストックはルルの隣でテーブルの上に本並べて、ドミノにして遊んでいる。
「昼にラズラと時計塔で会う約束をしている」
「ならちょうどいいや。送っていくよ」
 そういってストックがドミノにしているものの中から一冊を引き抜いた。しかし引き抜くときに他の本に当たったらしく、ドミノが次々に倒れていく。ルルは引き抜いた本をめくっていたが、本が倒れる音に気づいてテーブルを見た。情けない声をあげる。
「ごめんね」
 ストックの恨めしそうな視線を受けて、彼女と目線を合わせて謝る。ストックは彼から目を逸らし、本を見ていた。倒れた本の一片に折り目がついているのを見つけ、ボクもごめんなさい、と謝罪する。本はドミノ倒しを受けて折れてしまったらしい。
 ルルは手に取っていた本を懐にしまうと、ストックから折れた本を受け取り、折れ目を左右に振っている。何度か振って、よし、と呟いた。彼の手の隙間に目をこらすと、ごまかせることができる程度には折れ目は見えなくなっていた。ストックに開いてみせている。
「ルルくんとストックちゃんも街に用事があるのですか」
 朝食、もとい梨がのっていた皿を洗おうと立ち上がったジャスミンが問いかけた。気をつかわれているのではないかと思ったらしい。
「うん。ストックはついてきてくれるんだ。おれの用事でね」
 ジャスミンに返事をして皿を受け取り、台所に消えていく。ちょっとまってて、と声がした。
 街にでる用事があるとは、意外だった。好き好んで離れに住んでいるのだから、森から出ないものかと思っていた。
 洗う皿がなくなってしまったジャスミンは、しばらく居心地が悪そうにしていたが、諦めて椅子に座りなおしている。ストックとルルのせいでテーブルの上に散乱した本の山を、丁寧に並べ直しはじめた。
 時計に目をやると、時計の短針は八時をさしている。町は今日も賑やかなんだろうなと、思いを馳せて時間をつぶした。


 ルルに道案内をしてもらって森を抜けて、途中でなにやら様々なものを買い込むのに付き合わされはしたが、街の時計塔までたどりついた。寝不足だからか、普段より一層熱気を感じる。
 ラズラによろしく、と言って、帰りに買ったほうがよかったんじゃないかと思うほどに荷物をかかえた彼は、街の人混みに紛れて見えなくなった。ストックは時計塔の下の広場の一角にある椅子に座り込み、道中でルルに買ってもらった水のはいったボトルを片手に、周囲を歩く人々をみている。
「なんでお前はここにいるんだ」
「ルルくんとまちあわせています」
 何をしれっといっているのか。待ち合わせているもなにも、さっきまでここにいただろう。
「もしかして、ラズラに用事があるのですか」
 ジャスミンがストックの隣に座って声をかける。時刻を見ようと時計塔を見上げると、まだ十一時だ。ルルの買い物に付き合わされたが、時間には余裕がある。この暑い中待つ時間が減ってありがたいぐらいだ。
「いえ、なにも」
 意味がわからない。ルルも、この気候の中に発言がしっかりしていない童女を置いていくことに疑問を感じなかったのだろうか。
「いつものことなので、気にしないでください。ボクはここで待っているんです」
 やけに頑なだ。口調はしっかりしているが、言っていることはやはり意味がわからない。こんな変なやつにかまっていても時間の無駄だろう、と言いたいところだが、あと一時間、時間を無駄にしたい。構うしかない、そう思った矢先、彼女の言葉によってその必要はなくなった。
「ラズラ、きましたよ」
 ストックの目線の先に視線を向けると、ラズラが大きく手を振っている。なんとなく恥ずかしい。もう見つけているのだから、手を振ることはないだろう。もう片方の手にはなにやら大きな紙袋を持っていた。後ろにレトがついてきている。
「ごめん、またせたみたいだね」
 そういうが、まだ一時間あるのだ。ラズラは俺たちがくる一時間前から待つつもりだったというのか。彼女は俺とジャスミンを見つけて近寄ってきたようだったが、ジャスミンの隣にいるストックに気づいたらしい。
「あらストック、元気だった?」
 ラズラが座り込んでレトを見上げているストックに視線を向け、かがみこんで視線を合わせた。元気です、とあまり元気そうではない淡々とした口調で告げている。
「彼は誰です?」
「木の中にきたばっかりなの。いろいろ案内してて」
 いいながら、ストックに手のひらを向けて、彼、もといレトに挨拶をするように促している。
「レトだ」
「ストックです。よろしく」
 お互いに淡白な挨拶をした後、ストックはレトに関心を失ったらしく、どこかそわそわしているジャスミンに視線を移した。ジャスミンはその視線に耐え切れないといった様子で、困ったように視線を逸らしている。まるで視線で会話しているようだ。
「ラズラ、シールの件なんだが」
 しょうがないので話を進めることにする。あまり寝ていない中で炎天下の下にいるのが耐えられない。今日こそはあの建物の一室を借りる必要があるだろう。そして早く寝たい。
「もちろん。もらってきたよ」
「いや、悪いがルルにもらったんだ」
 ラズラがシールを取り出す前に、簡単に経緯を説明する。森のうさぎに襲われた、といったときにレトが哀れんだような目で俺をみて、大変だったんだなとねぎらってくれたが、ただのうさぎじゃないと信じてほしい。飼いならされたうさぎじゃないんだ。しかも二足歩行で走る。すごく早いんだ。だからそんな目で見ないでくれ。
 大体の流れを話したところでラズラは納得してくれたらしい。そうなんだ、と大きな袋の中から取り出した、紙袋を開けようとしていた手を下ろす。
「それってルルの予備のやつをもらったってことだよね。だったらこれはあいつに渡そうか」
 これ、といって紙袋を左右に振る。代わりにと、大きな袋から取り出したクッキーの袋を配ってくれた。さっき買ったの、と付け足す。ストックには二つ渡していた。なぜクッキーなんてくれたのかはわからないが、ありがたくもらっておこう。
「頼んでおいて勝手を言ってすまない」
 あらためて頭を下げる。俺がラズラの立場だったら怒りそうなものだが、レトの分ももらえたしいいんだよ、と笑って許してくれた。
「あなた、言わなくていいんですか。今がチャンスです」
 ストックの言葉に、ジャスミンは身をすくめた。それでも見つめ続けるストックに観念したのか、勇気をだしたのかはわからないが、ラズラとレトに向き直った。
「昨日はお世話になりました。ジャスミンといいます」
 その言葉とともに頭をさげる。
「ジャスミンか。改めてよろしくね」
 いいながら差し出したラズラの手を握り、はにかんだ笑みを浮かべながらよろしくおねがいしますと微笑む。
 名前を名乗れるのがそんなにうれしいのか。そういえばストックのときもニコニコしながらいっていた気がする。
 ラズラとの握手が終わると、無言で手を差し出しされたレトの手を握っていた。
「じゃあ、あたしたちはこれで。何かあったらなんでも相談してね」
 ジャスミンの握手が終わると、ラズラは地図を書いた紙切れを俺とジャスミンにそれぞれ渡してきた。ラズラの自宅を示しているようだ。
「はい。よろしくお願いします」
 ジャスミンの声をききながら、俺は地図を見つめていた。目印になりそうな建物が要所に書き込まれているが、何がどこにあるのかまったくわからない。俺はまだこの地に来たばかりなのだと実感する。相談する前に、土地を覚えるほうが先のようだ。
 シールをわざわざ届けに来てくれたのに、結局なにも受け取らないまま、ラズラとレトは去っていった。いや、地図と菓子はもらったが。
 無駄な時間を過ごさせてしまい申し訳ない気持ちになるが、気持ちを切り替えよう。もう寝たいし。
「あの建物の鍵をもらいたいんだが、道案内を頼めないか」
「はい。任せてください」
 俺の言葉に嫌な顔もせず頷いたジャスミンは、ストックの頭の高さに目線をあわせるため、かがんだ。
「ストックちゃんも来ませんか?長い間外に座っていると、体調を崩します」
「結構です。申し出はありがたいのですが、ルルくんと入れ違いになりたくありませんので」
 そうですか、と落胆した様子のジャスミンを見つめて、取り繕うつもりなのかなんなのかはわからないが、付け加えた。
「ボクは超人です。あなたはどうかわかりませんが、気候で体調を崩すほど弱くできていませんので、ご心配なく」
 その言葉にジャスミンが不思議そうな顔をした。そうなんですね、というやいなや、時計塔の広場で売られていたアイスと袋に入った氷、ストックの服の袖と同じ色のタオルを買ってきて、ストックに握らせる。袋に入った氷はタオルで包み、手首に巻きつけた。
「無理はしないでくださいね」
 この行動に珍しく驚いたらしいストックが、アイスと氷の入ったタオルとジャスミンを見比べて、思い出したように口を開いた。
「ありがとう」
 驚いた顔は年相応に見える。はじめて子供っぽさを感じた。


 ジャスミンの案内で無事に彼女の部屋がある建物にたどり着き、意気揚々と自動ドアが開くのを待った。俺がドアの前に立ったことに気づいたらしい扉が、左右に開ける。
 最初入ってきたときにジャスミンに案内された、壁にめり込んだ扉を通り過ぎ、カウンターに向かった。いまは並んでいる人がいない。カウンターの中にも人がいなかった。代わりに、四角い箱に目のようなものをつけ、さらに四角い穴の開いた鉄の塊が佇んでいる。こいつに話しかけると鍵をくれるのだというジャスミンの言葉を受けて、俺は人ではないものに声をかけるはめになった。
「木の外からここにきた。部屋がほしいんだが」
 道中で考えていたセリフを、そのまま口にする。この二日間で様々な人に会い、会話に緊張することもなくなった、気がする。相手が人の形をしていないせいもあるかもしれない。
 鉄の塊は俺の顔を目のようなもので捉えると、なにかが擦り切れるような音を鳴らす。四角く開いた穴のなかから板がでてきて、その上に鍵をのせていた。鍵の番号を見ると、『0815』と書かれている。これが俺の部屋番号のようだ。ジャスミンが遠くから俺の手元の鍵を覗き込み、声をあげた。
「それ、私の番号の次です」
 おもわず鍵を落っことすかと思った。
「とりあえず確認しよう」
 なにかの間違いだったらぬか喜びだ、とはやる気持ちを抑えて何歩か後戻りして、壁に埋め込まれた上向きの三角を押す。エレベーターというやつだ。
 淡白な音とともに三角の隣にあった切れ目がひらき、小さな部屋がでてくる。中に入って、壁のスイッチのどれをおせばいいか悩んでいると、ジャスミンが8のきざまれたプレートを押した。部屋が上がっていくのがわかる。これをワープだと勘違いした俺はもういないのだ。
 切れ目が開く。小部屋から外に出ると、ジャスミンに案内してもらったときと同じ、高い天井が現れた。先に歩き始めたジャスミンの後をついて進む。
 ジャスミンが、0815と刻まれたプレートのかけられた扉の前で立ち止まった。
「ここです」
 ここからは俺がやらなければ。扉に向き、ドアノブのしたに取り付けられた鍵穴に、鍵を差し込む。
 ゆっくりと、鍵を回した。扉のなかでなにかが噛み合う音がする。扉が開いた。中は真っ暗だった。
「ひらいた」
 思わず口にした言葉に、ほんとですね、と返してくれた。最初にジャスミンがやっていたように、電気をつけようと壁に手を這わせて、スイッチを探した。
 小さな音がして、部屋の内部が見えるようになる。ジャスミンの部屋と同じ間取りのようだ。どこかで見た気がする。
 自分の部屋だ。一室だけじゃない。すきなことができる部屋だ。
 廊下を超えて、客室に続く扉を開く。
 中央にある白いソファ、ソファの前に置かれた灰色のガラスのテーブルと、部屋の角に設置された観葉植物、間違いない、ジャスミンの部屋と全く同じだ。彼女は、最初に部屋をもらったまま、模様替えをしなかったらしい。ジャスミンの部屋だとおもって見たときには簡素に思えた内装も、これから好きに変えていいのだと思えば豪勢に感じられた。最低限必要なものはそろっているのだから。
「本当に、お隣さんですね」
 ジャスミンの声に振り返った。彼女は部屋と廊下のさらに向こう、入り口のところで立っていた。しまった。うかれていた。
「そのようだ」
 取り繕って、入り口まで向かう。俺は部屋を出るとジャスミンに手を差し出した。彼女は不思議そうに手を俺とを見比べている。
「ジャスミン。これからも、よろしく頼む」
 よろしく頼む、なんて傲慢な言葉だと思った。ジャスミンはいつでも俺の他人になり得るのだから。こっちが一方的にすがっているだけだ。
 それでも彼女は俺の手を両手で包み込むように握って、微笑んでくれた。
「こちらこそ。よろしくおねがいします」

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2012.08.15- Meijitsu Minori.