ストーリー

13話

施設をまもるためには

「ここにはラズラ以外に率先して家事をする奴はいないのか」
 ラズラは少しの間留守番をお願い、といっていたが、夕方になっても帰ってこなかった。
 パンを食べて満足そうにしていた児童らと遊んでいたが、日が沈み始めた頃に晩飯の用意をすることになった。人数の多さから鍋物がいいのではと、蓄えの中から適当につかんで湯の張った鍋に放り込んだ。食材の鮮度で選定をしたが、味は中々のものだった。しかし児童には味が濃いと言われたし、何も言わずとも不満そうな顔をしていた者もいたことを思い出すと、あれは失敗だったのだろう。夏に鍋物はたしかに正気ではなかったかもしれない。大勢に飯を配ることに必死になっていて、配慮が足りなかった。申し訳ないことをした。
 お前ら料理下手だな、とスターパンが好物の児童に言われてから、鍋の選択以外にも力不足を思い知った。
 オレは役に立てなかった。ラズラに留守番を頼まれていたというのに。
 ラズラは毎日あいつらに食べ物を与え、体調の管理をしているのかと思うと頭がさがる。と同時に、ラズラがオレに付き合ってくれていた昨日までは、どうやって生活していたのか気になった。
「昔はいたけど、いまはいないよ」
 オレとルルは、トイミューズを呼び出す講義を再開する余裕もなく動き回っていた。児童の遊び相手や、喧嘩の仲裁で、だ。
 鍋に食材を入れて、食器も並べて、後は待つだけという時に一度だけルルの前でシールをかざして見せたが、やはりなにも起こらなかった。
 児童が食事を終え、湯浴びをした者から二階の寝室に上がり始めた今、ようやく一息ついている。上から走り回る音が聞こえるから、まだ寝る気はないのだろう。
 オレは椅子に腰掛け、ルルは取っ手のついた湯呑み茶碗に湯気の立った液体を注いでいる。二つ目の湯呑みに手をかけたところでオレはいらないと断った。
 わかった、と返事をしたルルは、炊事場の脇に二つ並んだ容器から、中身が少ない方を手にとって匙で中のものを取り出し、湯呑み茶碗に入れている。
 二つの容器の中には同じものが入っているようで、量が多い方も封が切られていた。入っているのは、赤色の、固形物。イチゴジャムと書いてある。
「いなくなったんだ。その人はみんなとは大分歳が離れてたから、兄貴分みたいになってた。気さくな人だったよ。でもある日、書き置きも残さないでいなくなってしまった」
 椅子に座って、湯呑み茶碗の中身を匙でかき回しながらいう。ほどなくして、匙を取っ手付きの湯呑み茶碗の下に敷いた皿の上に置くと、茶碗の中の飲料を口にして、うまいと呟く。
 自分で入れた茶に、わざわざ感想をいう意図はなんだ。
 視線の意味を勘違いしたのか、寒い時はジャムは添えるだけなんだとうんちくを披露してくれた。ジャムを食べながら飲むらしい。なぜ気候に合わせて飲み方を変えるのかきくと、寒いところでジャムを入れると湯の温度が下がるからだと説明された。合理的だ。
「今は彼らはどうやって過ごしているんだ」
「大体は年長者が家事をするかな。だから、ラズラがいないときはその場にいる年長者が取り仕切ってるはず」
 そういえば、オレが鍋に具材を入れていた時、周りをうろついている児童がいた。この施設の扉を開けた時に年下の者をしかっていた奴だった。あれは、手伝おうとしてくれていたのか。
 悪いことをした。
「そのいなくなった奴の手がかりはないのか」
 ラズラや、一、二歳周りよりも年が離れているというだけの児童に全てを任せているのでは人手が足りないだろう。こいつもひさしぶりに帰ってきたといっていたが、頻繁に足を運んだ方がいいのではないか。
「ない。いなくなったのは数年前の話なんだけど。町を抜けて森に歩いて行く姿を見た、って話をきいてから、手がかりがなくてね」
 お手上げ、ということか。
「ラズラがひさしぶりといってたが、お前はなぜ普段帰ってこないんだ」
 返答を考えるようにしばし間を置いて、いった。
「彼女と顔を合わせづらくて」
 どんな理由であってもこそこそすることはないだろう。ましてや育ててもらっているのだ、世話になっているのだ。そんな堂々としない態度でいては世話をした方も育て方を間違ったのではないかと不安になる。
 いなくなった兄貴分も、巣立った奴らが顔を見せないことに腹を立てたのではないか。
 それにしたって放り出すのはいけないことだが。
「お前はラズラが嫌いなのか」
 ルルは驚いた顔をしてとんでもない、といった後、おもむろに立ち上がった。
「むしろ逆だよ。感謝してる」
 昼のラズラとルルのやりとりに、ぎこちないものはなかったから、こいつが勝手に気にしているだけなのだろう。
 安堵の息を吐いて、うなずいた。それならば話は早い。
「ならその件について謝罪したらいいだろう、すでに謝ってるなら改めて、だ。それからもう少しここに顔をだすようにしてやれ」
 避けるようにしていたらいらぬ勘違いをされるぞと釘を刺すと、ルルはいぶかしんだような目をオレに向けてきた。
「きみは、けっこうな世話焼きだね」
 思ってもみなかったルルの言葉に、しばし呆然とした。
 しまったと唇を噛む。
 数時間のうちにこの施設に良い感情を持ってしまっていた。
 ラズラに対しても、最初に感謝した時とも、迷惑に思っていた時とも違う、苦労していたのだなといういたわりの気持ちが生まれつつある。本人がいないにもかかわらず、知らぬ間にほだされていた。
「改めてか。ありがとう、そうしてみようかな」
 ルルはオレの後悔を知る由もなく感謝の言葉を口にした。自分が立ち上がっていたことに気づいたらしく、座り直してジャムの入った液体を飲み干そうと、湯呑みを傾ける。
「シュラの国の王族は唯我独尊って感じなのかと思ってたよ」
 またも、思ってもみなかった言葉が飛び出た。
「なぜしっている」
「知っていたわけじゃないよ、でも、あたったみたいだね。あの国の王族は髪が真っ黒で、珍しいことに赤い瞳を持っているってきいてたからさ、鎌をかけただけ」
 なにかの書物で読んだのか。
 なぜしっていると問いかけた時点で、その通りだと肯定したのと同義。
 はめられた。
「俺が饒舌に喋るように、ラズラとの間に溝があると嘘をついたのか」
「まあ、そうだよ。うん。そんなことより、きみがトイミューズをだせない理由がわかったかも」
 なんだ、理由って。
 問いかけようとした時、地面が音を鳴らして、揺れた。
 二階から戸惑ったような声が聞こえる。
 ルルがオレを一瞥した後、二階に上がっていく。続いて階段を上り、廊下を抜けて広めの一室に入ると、児童が窓の外を見ようと押し合っていた。
「にーちゃん、ロボット!」
 見たいのはやまやまだが、児童が張り付いている窓からは確認することができない。児童の言葉を受けて、足早に一階に戻る。児童が指差していた先を窓から見てみると、確かにぎこちない動きをして、歩いている生き物がいた。この児童施設に向かってきている。
 ロボットが何かは知らないが、オレの知っているものに例えて言うなら石鹸に近かった。白い体に丸い手足をつけて、ゆっくりと歩いている。体格は3mほど。近づけば、もう少し大きい印象を受けるかもしれない。
「彼はだれだろう」
 遅れて一階に降りてきたルルの言葉に、しるかと返す。
 石鹸のような生物に目を凝らしていると、後ろになにかいることに気がついた。石鹸が歩くたびに砂埃が風に吹かれているために見えづらいが、どうやら人が奴の後ろをついて走っているようだ。
 目を細めて、先よりも睨みつけるように人影を凝視する。砂埃の奥に見える形には、見覚えがあった。
「ラズラか」
 隣で目を細めて窓の外を見ていたルルが俺に視線を移す。
「すごい!みえるのか」
「ラズラのトイミューズにスードルがのっている」
 ルルには見えないようだから、補足をする。
 ラズラの隣を、大きな狐が浮いていた。ラズラにトイミューズを見せてもらった時に見たから、彼女の怪物で間違いない。地面からいくらか離れた空中を、走っている。背中に帳面を抱えた少年がしがみついているから、あれはスードルだろう。
 ラズラが走りながら、視線を石鹸に向けている。施設と石鹸を交互に見てから、焦れたように狐に視線を移した。
 あの石鹸はこの施設に向かってきている。ラズラはあいつを止めたいが、スードルを置いていくわけにもいかず、かといって自分で担いで追いかけるわけにもいかないから怪物に乗せ、結果石鹸に攻撃することができなくなった、のかもしれない。
 なぜ施設に向かってきているのかはわからないが、いい予感はしない。
「おい」
「なんだい」
 いまだにラズラたちの様子が見えないのか、窓を開けて身を乗り出して見ていたルルが振り返る。
「あのでかいのを止める。オレがトイミューズをだせない理由とはなんだ」
 ルルが石鹸を一瞥する。なるほどと呟いてから、改めてこちらを見た。
「ハートが足りないんだよ。最初はそういう性格なのかと思ったけど、そうじゃないみたいだからさ。さっき施設のことを心配してくれたみたいに、感情をいれてシールを解放してみて」
「よくわからないが、わかった」
 石鹸がなんのために近づいているのかわからない以上、早めに対処しなければならない。問答を続けるわけにもいかずにうなずく。
 今回トイミューズが出てこなければ、また別の案をださなければならない。
 玄関の扉を開けて外に出ると、石鹸の進む道を阻むために施設の前に立った。
 ズボンのポケットからシールを取り出し、かざした。
 今までの出来事を思い出す。
 兄妹の顔。兄の顔を思い出すたびに感情が吹き出そうでになる。いらいらする。腹が立つ。あんな奴を放っておいたら何をするかわからない。
 木の入り口に押し込められる前に見た勝ち誇った顔は一生忘れないだろう。妹の予言の意味は、わからないままだ。本人に直接きかなければ。妹に会わなければ。
 そのためにも、強くなる。
 強くなる為には友人や家族はいらない。弱みになりかねない。
 帰って、やりたいことがある。
 しかし、いや、だからこそ、今はこの場で化け物をださなければ。
「シール解放!」
 シールを中心に風が巻き起こり、草木が揺れる。うしろで児童が歓声をあげているのがきこえた。
「窓をしめるんだ!」
 風でなにかが飛んで怪我をしてはいけない。振り返らずに叫んだがきこえたのか、児童の声はきこえなくなった。窓を閉めてくれたのだろう。
 シールが輝き出し、強く光を放ったのち、風がおさまっていく。目をそらしたり、閉じたりはしなかったはずだが、いつの間にか目の前になにかが立っていた。
 狼。狼が二本の足で人間のように立っている。
 炎のような体毛を背中から生やして、籠手のようなものを身につけている、ように見える。
「ライカンスロープか!かっこいいな」
 あまりにも近くで聞こえた声に驚いて隣を見ると、ルルが真横に立っていた。興奮ぎみに狼に駆け寄り、手を握っている。
 かっこいいといわれても、トイミューズはいわば武器だろう。
 武器は使えればいいから、見た目にこだわりはない。
 そんなことより。
「いまはそれどころじゃないだろうが」
 近づいて、ルルから狼を引き離そうと思った途端、狼がルルの顔面を思い切り叩いた。ルルはカエルがつぶれたような声を出して、芝生の上に倒れこむ。
 動くとは思わなかった。
 呆気にとられて、ルルと狼を交互に見つめる。
「おい、大丈夫か。悪かった」
 謝罪がきこえたのか、ルルが突然立ち上がった。
「平気さ。それより、自分のトイミューズが動いて驚いているようだね。トイミューズは自分が思った通りに動くんだ」
 立ち上がった彼は何事もなかったかのように解説をする。文句を言ってこないということはおそらく、大丈夫なのだろう。
 思ったことを自分の体ではない別のなにかが行うというのは不気味ではないか。こうしゃべろう、と思ったらトイミューズも喋るのだろうか。説明されても意味がよくわからなかったため、先ほどの出来事を思い返す。引き離そうとしたら叩いたのだから、やりたいことを思い浮かべればいいのか。
 緊急事態ではあるが、動かし方がわからなければどうしようもない。
 試しにオレが右手拳を突き出すと、狼も同じように突き出している。
 拳を出さずに、自分が拳を出す姿を想像する。狼はオレが想像したのと同じ姿勢で、拳を前に出した。
 足元を殴りたい、と考えてみる。狼は自身が立っている足元を思い切り殴りつけた。
 途端、オレの腕に痛みがはしる。
 ウェンディがいっていた、化け物が弱ると人間も弱る、とは、こういうことか。
 自分は何もしていないのに痛みや感覚だけ共有するとはなんともいえず気持ち悪いが、慣れるしかない。
「わかった」
 思った通りに動く、という実感を持ったところで、石鹸に視線を向けて数歩前にでる。
 あいつを倒さなければ。と思うや否や、狼が地面を蹴る。石鹸に立ち向かっていく姿は一見無謀に見えるが、気合いでどうにかするしかない。
 石鹸は大分距離を縮めていた。なだらかな丘になっている地面をゆっくり歩きながら、近づいてくる。
間合いをつめた狼が、石鹸の足元に拳をめり込ませた。胴体には体格差の関係で届かなかったから、足元から崩すことにしたのだ。
 石鹸は一撃を受けて立ち止まり、周囲の様子をうかがっている。顔かどうかはわからないが、胴の上らへんを地面に向けて動かしているから、見回している、と表現していいだろう。
 石鹸が足元を見ている間に、ラズラとトイミューズが奴の前に飛び出た。真っ直ぐにオレたちに向かってきて、立ち止まった。
 ラズラにはあいつについてきかなければならない。その間に狼が反撃されると困るので、丘の岩陰に待機させる。
 石鹸はまだ足元に狼がいると思って、探しているようだった。知能はあまり高くないのかもしれない。
「遅くなってごめん!」
 止まるな否やそういって、ラズラのトイミューズからスードルを降ろしてから、頭を下げてきた。
 非常事態に巻き込まれて遅れたことを、責める気にはなれない。
「それはいいんだが、あいつはなんなんだ」
「そうだよ。おれ、あんな野良見たことないけど」
 オレの言葉に同調するようにルルが近づいてきた。
 ラズラは不安そうに石鹸を見つめるスードルの手を握っている。
「買い物して店から出たらあいつが街中にいて、ウチの施設を見つめてたから、人気がないところまで進んでから足止めしてたんだけど、跳ね除けられちゃって。なんなのかは、全然」
「わかんないのか」
 ルルの言葉にラズラが頷いた。ルルはそのまま視線を下に向け、スードルに目線を合わせるためにかがんだ。
「きみは、なにか知らないかな。なんでもいいんだ」
「しらない」
 スードルはルルと目線を合わせないようにうつむいて、間髪入れずに返事をした。
「そうか」
 ルルは頷き、しばし間をおいてから、改めて口を開いた。
「じゃあ、そのスケッチブック、借りてもいいかな」
 ルルの言葉に、スードルが驚いたように顔をあげる。
「なんで」
「おれは人でなしなんだ。彼が何なのか、きみをみてわかったんだよ。彼が誰とも関係のないモンスターなんなら、倒さないとみんなが大怪我をするかもしれないだろ。早く手を打たなきゃ。だから、スケッチブックを貸してほしい」
 その言葉にスードルの顔が青ざめた。
 オレにはルルがスードルをいじめているように見えるが、今の状況に彼の帳面が関係している、ということだろう。本気でいじめているだけなのなら、スードルの返答次第ではルルをぶん殴らなければならないが。
 スードルは口を開いたり閉じたりしながら、二人にしかわからない会話にどう返答するか、考えているようだった。
「貸す、けど、まって」
 スードルが帳面を差し出しかけて、ルルが手を差し出すと同時に、帳面を引っ込めた。
「ぼくのともだちなんだ。あんまりひどいことしないで、ください」
「もちろん。彼が約束しよう」
 大きくうなずきながらそういって、なぜかオレのほうを指差した。
「人に指をさすな」
 スードルが改めて帳面をルルに差し出す。受け取った彼は素早くページをめくった。何かを見つけたらしく、ページをめくる手をとめて眺めた後、今度はルルが青ざめる。
「ルル、わかるように説明してよ」
 ラズラがスードルの頭を撫でながら言う。スードルはラズラの腕の中に収まり、ルルを不安そうな顔で見つめていた。
 ルルは青い顔のまま、かがんでいた状態から立ち上がって石鹸に視線を向けた。
「彼は、いま足元ばっかり見ている彼はスードルのともだちなんだよ。昨日の買い物忘れの件で施設のみんながスードルを責めている状況に腹を立てて、月の力で実体化して制裁を与えにきたんだ」
「じゃあ、ハテナなのね」
 ラズラの言葉に頷くルル。
「それで、このスケッチブックにスードルのともだちについて書いてあるから、弱点もわかると思ったんだけど」
 そこで言葉を切って、帳面の見開きをオレとラズラに見せてきた。
 その見開きには、『強い。死んでも蘇る。パンチしたら大地震。絶対に負けない。やさしい。悪い奴をゆるさない』と書いてあった。
 困った、といわんばかりに頭を振ったルルが、補足する。
「つまり彼には、弱点がないんだ。設定されてないから」

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2012.08.15- Meijitsu Minori.