ストーリー

12話

彼女とわかれたい

 ぼくはおつかいのために街の中心地にきていた。
 おつかいといってもおねえちゃんがたのんできたわけじゃない。いわゆるパシリだ。
 罰ゲームとかなんとかいって理由をつけて、みんながぼくに命令してくる。もしかしたらむこうは冗談のつもりでいっているのかもしれないけど、ぼくにしたら大問題なんだ。なじめる気がしない。
 ためいきをついて、抱きかかえていたおえかき帳をとりだす。
 何枚か紙をめくると、ぼくのともだちがでてきた。ともだちのまわりには、強い、とか、やさしいとか書いてある。ぼくが書いた。
 ともだちの性格付け。とっても強くて、やさしいんだ。変な命令なんてしてこない。なにもいわなくても気まずくならない、でもぼくの話をきいて文句をいったりもしない、ぼくのともだち。
 どうせおねえちゃんにたのまれたんじゃないんだから、時間がかかっても大丈夫だ。建物の壁に寄りかかって、ぼくはともだちをながめた。
 帰ったら、今日のこともきいてもらおう。このともだちがしゃべったりできるなら、ひどい人たちだと怒ってくれるかもしれない。
 現実的には、しゃべってくれるわけないんだけど。
「どうしたんですか。気分が悪いんですか」
 ぼくがともだちをみていると、知らない人が話しかけてきた。男の人だ。慌ててともだちのページを閉じて、顔を合わせる。
「なんでもないんです。ただちょっと、ともだちと話をしようと思って」
 知らない人にぼくがかいたともだちと話がしたい、なんていったら笑われるかもしれない。だからまわりにパシリにされるんだなんて言われるかもしれない。でも、言い訳がおもいつかなかった。
「さっきみていたキャラクターですか。かっこいいですね」
 知らないおにいさんは、そういってにっこり笑った。おどろいた。ぼくとはかなり年が離れていると思う。それなのに、ぼくのことを笑わないんだ。
 ともだちを褒められて、ぼくは気分がよくなった。
「本当は、本当におしゃべりできたらいいなって思ってるんです」
 相手の態度が怖いかんじじゃなかったから、ぼくは素直にそういってしまった。
「おしゃべりできますよ。月にお願いすればいいんですから」
 知らないおにいさんは、ぼくの頭をやさしくなでてくれた。あったかくて、心臓のあたりまでほんわりした感覚がする。
 なんでかわからないけど。おにいさんになでられると、なんでもできるような気がしてきた。
「そうしてみます。ありがとう」
 手の温かさに元気をもらったぼくは、知らないおにいさんにお別れをして家に向かって歩き始めた。月におねがいしたらともだちが本当になる、そう思うと、ワクワクした。他のことなんて考えられないくらいに。


 オレはいつになったらラズラから解放されるのだろうか。
 最初に木の中に来たときは素直に感謝した。木の外とは文化が違う様子であったし、親切な人がいるものだと思った。しかし一通り説明をしてくれた後も、なにかと理由をつけてついてくる。心配だから、とか、なにかあったら困るからとか。まるで過保護なオレの親だ。今はまだ木の中に慣れていないかもしれないが、心配だからと付きまとわれるほどおかしな行動はしていない。見ず知らずの人間の心配をするのは立派なことだが、ここまでくると迷惑以外のなにものでもない。
 芝生に寝転がる。彼女の前で軽い運動でもしようものなら救急箱を持って現れるのだから、これが最善の選択だろう。
 オレはラズラに連れられて街の中心街から離れた小高い丘にいた。彼女はこの丘にある児童施設に用事があるらしい。建物の中に入って、児童と話をしている。ラズラはここの児童と親しげだった。どのような関係かは知らないが、児童と会うだけなのにオレをつれてくる理由はなんだろうか。彼女には建物の中にいていいと言われたが、気を使わせたくなかったため外に出てきて、ここにいる。
 オレは早く経験値をためなければならない。木の外に帰ってやらなければいけないことがある。それだというのに、ラズラからもらったシールという名のカードはオレに反応しなかった。シールで怪物を出さなければ、エンゲージをして経験値をためることもできない。木の外に戻れない。それではいけない。
 なぜシールが反応しないのかわからなかった。なにかが足りないのだろうかとも思ったが、今までの人生を思い出しながら叫ぶという行為の中に足りないものがあるとは思えない。
 ズボンのポケットからシールを取り出し、今までの出来事を思い出す。
 兄妹の顔や、彼らの事、木の中にきた理由。
「シール解放」
 つぶやいたが、なにも起こらない。また失敗だ。非現実的なワープなんて信じてるセルでさえ、怪物を呼び出せているというのに。
 腕相撲大会での敗北を思い出すと、特訓して、強くならなければならないと思わされる。エンゲージだけでなく自分自身も。それだというのに、勝負をすることさえできない。
「やあ、ひさしぶり」
 不意に、声をかけられた。声のした方に視線を向けると、目の青い少年が町のほうから歩いてきている。左手に大きな紙袋を握っていた。
オレはその少年には見覚えがなかった。腕相撲大会のとき、賭け事をしていた奴らの中にいたのだろうか。それならば賭け事をしてはいけないと教えてやらなければ。オレたちの年からあんな行為をしていてはろくでもない大人になってしまう。
「腕相撲大会の時の客か」
「いや、おれときみは初対面だよ」
 否定された。そうすると他に人に顔を覚えられるような機会はないはずだ。ウェンディのときの見物人かもしれないが、さすがにあの時オレを覚えていたとしても、ひさしぶりと声をかける奴はいないだろう。
「ひさしぶりといっただろ」
「初対面の人にひさしぶりっていうと距離が縮まると思ってね」
 距離が縮まるどころか印象が悪くなる。忘れることはないかもしれないが、本当にこれで距離が縮むと思っているのならこいつは阿呆だ。見ず知らずの人間にひさしぶりといわれて相手がどう思うかを考えないなんて。
「オレに何か用か」
 なぜ話しかけてきたのかはわからないが、手短に会話を切り上げてお引き取り願おう。
「施設の新しい関係者なのかなと思って。そうじゃないなら、子どもたちが心配だから」
 施設とはラズラの入っていった建物のことだろう。こいつもあそこに用事がある様子だ。
「ラズラという女に付き合わされてついてきた。迷惑ならいなくなるが」
 このまま立ち去ったらラズラとも縁を切ることができる。そう思って立ち上がると、少年が慌てた様子で座りなおしてほしいといった。
「ごめん。おれの勘違いだ。ラズラの知り合いなら問題ないんだ」
 笑顔を貼り付けたそいつは、オレの前で立ち止まった。しばらくはここにいるつもりのようだ。迷惑だ。
「きみは木の外からきたばかりかい」
「なぜそう思う」
「ラズラがよく木の外からきた人を案内しているから、きみもそうなのかなと思って」
 丁度いい機会だと思った。ラズラも木の外から来たやつを何度も案内したといっていたが、それにしてはやけにつきまとう。離れてくれる条件をききだして、早急に彼女とは別れよう。
「そのとおりだ。一通り説明はうけたはずだが、なかなか解放してくれなくて困っている」
 少年はなんども頷いてやっぱり、と口にした。
「彼女は超とかウルトラとか、そんな言葉がつくレベルの世話焼きなんだ。迷惑しているなら直談判をしにいこう」
 こいつを間に挟んでの話し合いを果たして直談判というのだろうか。おそらくいわないと思う。他人に自分のことで迷惑をかけることも含めて疑問は残ったが、ラズラと縁を切るためにも細かいことは気にしないことにして、立ち上がった。


「ルルじゃない。ひさしぶり」
 建物に入った途端にかけられたラズラの言葉に、ルルと呼ばれた少年はひさしぶりと返事をして、それからオレのほうに振り返った。
「ルルだよ。よろしく」
「レトだ」
 順番が変な気がした。ラズラと会う前に名前くらい名乗っておくべきだった。見ず知らずの人間に数日付き合った人間と縁を切るための手伝いをさせることも含めて、ちぐはぐしている。
「あんたのことさがしてたのよ。これと、レトのことで」
 ラズラは積み木をして一緒に遊んでいた児童に他の遊びをしているグループにはいるように促し、これ、といってシールをルルに手渡した。セルに渡す予定だったものだろう。こいつがこのシールを受け取っているということは、セルやジャスミンが探していた超人はルルのことか。
なにか思うところがあったのかシールを眺めていたルルは、ありがとうといってそれを懐の本に挟み込む。
「それでレトのことって、彼と別れるふんぎりがつかないって話?」
「違うわよ。エンゲージの方。彼、トイミューズがでてこないの」
 ラズラの言葉に、ルルが苦虫をかみつぶしたような渋い顔をした。
「なるほど、心配で離れられないわけだ」
 オレを横目でみてくる。直談判をするといっていたのに、数分もしないうちにラズラにほだされてしまったのだろう。ほだされたというより、彼女の意図を察したといったところか。今のこいつの頭の中に直談判の文字は消えている。目をみればわかる。
「お前はオレとこいつを会わせるためにここに来たのか」
「ここに寄ってからルルの家にいくつもりだったの。本人の方からくるとは思わなかったけど、手間が省けたわ」
 ルルが腫れ物を見るような、哀れんだ視線を向けてくるのを無視して会話を進める。
「それにしてもルルが帰ってくるなんて珍しいね。何かあったの」
 ラズラの言葉を受けてオレから視線を外したルルが、思い出したといわんばかりに左手を拳、右手を開いてそれをぶつけた。持っていた紙袋が揺れる。
 帰ってくる、という言葉から、ルルはここで育ったのだとわかる。おそらく、ラズラもそうなのだろう。成長して、たまに帰ってきては世話をする立場になった、というところだろうか。
「アトレイを探してるんだ。人探しをしたくて」
 オレにはアトレイが誰かはわからなかったが、ラズラはここにはいないと首を振った。
ラズラがルルをさがし、ルルがアトレイとやらをさがしているとは、偶然にしては奇妙だ。同じタイミングでそれぞれを探しているとは。
 ルルの言葉からアトレイは交流の広い人物なのだろうと想像する。人探しには人海戦術が基本だろう。
「まいったな。店のほうにもいなかったのに」
 独り言を呟いてから、視界の端にオレを捉えたらしく、こちらに向き直った。先ほどまで変な目で見てきたのとは打って変わって、力強く両手を握ってくる。
「なんとかなるさ、たぶん」
 トイミューズがでてこないことをいっているのだろう。雰囲気こそ力強いが発言は曖昧なもので、腹が立つ。
「エンゲージができないとなにかあったときに困るから、なんとかしてトイミューズを出せれるようにならないとね」
 ラズラがオレに付きまとっていた理由はトイミューズという怪物がでないことによるらしい。あの怪物をだせるようになれば、別れる事ができる。そう思うと不本意ではあるが、他人の協力を得るのが近道のようだ。ラズラもルルを頼るために会いに行こうとしていたのだし力を借りよう。彼らはオレより怪物についてくわしいのだから。
「よろしくたのむ」
 早く怪物を出せるようになって、こいつらとは縁を切ろう。そう思って、頭を下げた。


「トイミューズがどんな生き物か知っているかな」
 児童の邪魔にならないように施設の外にでてルルの講義から始める事になった。紙袋を足元に置いた彼は早速質問をしてくる。ラズラは数歩ほどの距離をとってオレたちの様子を見ているようだ。
 ルルの言葉をうけて、ラズラの説明を思い出す。
「人の心を具現化した怪物なんだろう」
「そう。自分の思った通りに動かせるから、人によってはトイミューズを使って悪さをするんだ。自分は安全なところに隠れてね」
「金も支給されるような場所で悪さをする奴がいるとは思えないけどな」
 悪さをするやつの目的がわからない。エンゲージで経験値をかせぐためなら本人が隠れる必要はないし、金品を巻き上げるためとも思えない、金が支給されるんだから。悪さをする理由がないならする必要もないだろう。木の中はオレのいた場所よりも平和だという印象を持っている。
「レトはカプセルは知ってるかい」
 知らない。首を振ってそれを示す。先ほどまでトイミューズの話をしていたはずだ。話がどこに向かっているのかがわからない。
「カプセルを飲むとこの世からドロップアウトできる。幸せな夢を見たまま、現実には帰ってこれなくなるのさ」
「それと先の会話になんの関係がある」
 まどろっこしいのは嫌いだ。はっきりいってもらいたい。ルルはオレと距離を縮めて左の人差指をたてると、声を潜めて話を続けた。
「金の支給の話だよ。カプセルをのんでドロップアウトをした人たちは、現実で自分が何をしているのか気付くこともないまま、作物を耕しゴミ処理をして、社会の役に立つように働かされるって噂があるんだ。賃金も支払われず、自分が飢えていることにも気付かず、幸せな夢を見続けて自分が死んだことにも気付かないって噂。その人たちに支払われるはずの金銭をおれたちがもらってるかもしれない」
 なんでも支給される楽園のような場所の、見てきた印象とは反した噂に、思わず目を見開く。
 人が生活している以上なにかしらのきな臭い噂話はあるものだが、文句を言わない労働者を使って生産を行い、何も知らない奴らがのうのうと生きていくための資源を用意させるとは腹黒い噂だ。本当にそんな非人道的なことをしているやつがいるのなら殴って目を覚まさしてやりたい。
「ただの噂話よ。でもカプセルを飲んだ人が幸せな夢をみて現世に帰ってこなくなるっていうのは本当だから、飲まないように気をつけてね」
 ルルの発言は小声だったが聞こえていたらしい。ラズラがルルを小突きながらいう。何かを誤魔化されているような気がした。ただ金が支給されるなんて間違いなく何かがおかしい。これがただの噂だったとしても、現実はこれに近いことが行われているのではないかと思う。
「なぜカプセルなんてものを使うんだ」
 煙のないところに火は立たないというが、そもそもカプセルなんてものがなければ正気を失った人間が多く存在することはなくなる。そういった者が夢をみることがなければ、知らぬ間に働かされることもない。この噂の根源はカプセルだろう。
「木の外から来た人がどうしても帰りたくて、でも経験値がためられないとか、大切が亡くなったとか、理由はいろいろ。この世にいるのが辛くなった人が使うんだ。その人の見たい世界が見えるっていわれているよ。町外れの市で取引されてるから興味があるなら」
「興味があっても使ったらだめよ」
 ルルの言葉の続きを察して拳骨を与え、言葉をさえぎったラズラが、ルルの頭の上で拳を押し回している。ルルは彼女の拳から逃げるように屈みこんで、頭を押さえてうめく。
「そもそもトイミューズの話をしてたのよ、本題に戻りましょ。とにかくカプセルには興味もっちゃだめだからね」
 外に出たい人が絶望して使うとルルは言ったが、オレはそうならない。経験値を貯めて、扉を開く最初の人間になり、故郷に帰る。やらなければならないことがある。
「レトはそういうの嫌いそうだから大丈夫ね」
 思わず拳を握りしめたオレを見ていたのか、ラズラは安心したという様子で息を吐き出した。ルルが立ち上がってラズラに不満げな視線を向ける。
「見てみたらいいっていおうとしただけだよ。使えなんていわないし、レトが使うならそれよりさきにおれが飲むから」
「使わないでっていってるでしょ。見にいくのもだめ」
 頭を叩かれている。
 身内のやりとりに口をはさむのは得策ではない気がして、話が本題に戻ることを待つことにした。周囲を見渡してみると、児童施設から少年がかけてくる。少年というより男の子といった印象だ。施設の中でみた児童の中でも幼い者と年齢が近いように感じる。体格がちいさく、オレと十歳ほど年の差があるだろう。スケッチブックと書かれた帳面を抱えた少年は俺たちの前で足をとめ、呼吸をととのえた。
 ラズラが少年に気づいて彼に向き直る。彼と視線を合わせるために屈みこんだ。
「どうしたのスードル。おかあさんから連絡があったのかな」
 スードルと呼ばれた少年は首を振り、うつむいてからラズラと顔を合わせた。
「昨日みんなに…頼まれて買い物に行ったんだけど、買うのをぜんぶ忘れて帰っちゃって。それでみんながぼくをせめるんだ」
「まだみんな怒ってるの」
 ラズラの質問にスードルが頷く。彼の頭をやさしく撫でた彼女は立ち上がった。
「じゃあおねえちゃんと一緒に買いにいこうか。買ってきて謝ったら許してくれるかも」
 ラズラに手を差し出されたスードルは手を握り返すと、再びうつむく。
「謝るの、こわいよ」
 彼の様子をみてラズラは再び目線を合わせるためにかがんで、真正面からスードルを見た。
「あたしも一緒に謝るから、がんばってみない?」
 ラズラの態度に感動したのか、後にはひけないと思ったのか、彼は小さく頷いた。それを確認したラズラがオレたちのほうに向き直る。
「ってことで出かけてくるから、少しの間留守番してもらってもいいかな」
 もちろん、とルルが返事をして、手を振る。
「お願いね。なんにもなければさっきの進めてて構わないから」
 さっきの、とはトイミューズをだすための講義のことだろう。進めててといわれても留守を頼まれたのだ。自分のためになることだけをして帰るわけにはいかない。
「まかせてくれ」
 ラズラとスードルが手をつないで買い物に出たのを見送り、児童施設に向かう。留守番を頼まれたのだから児童の様子を確認しなければならないだろう。務めを果たさなければ。同年代より感情の変化が激しい児童と接するのは慣れていないが、そういってもいられない。オレに木の中の説明をするために、ラズラは数日間この施設には来ていないのだし、児童も寂しい思いをしている可能性がある。
「あの少年はほかの児童と馴染めていないのか」
 気にしないようにしようと思ったが、あの少年が気になった。余計なお世話だ、変に関わらないほうがいいと思いながらも、あんな年から周囲に怯えているような様子を見せられては見てみぬふりはできない。
「おれは最近ここには来ていないからわからないけど、おそらくそうだろうね。身寄りのない子どもが暮らしていることが多いんだけれど、両親が少しの間預かってくれっていって連れてくる子どももいるんだ。ラズラが母親がなんとかって言っていたから、彼はそっちのほうだと思う。来たばかりで、馴染めていないんじゃないかな」
 腹が立った。オレの家も親と距離が近いわけではなかったが、不自由なく育つ環境は与えてくれていた。しかし親から知らない人に預けられた児童は不安になるだろう。迎えにきてくれないのではないかと。先の少年はそんな不安そうな顔をしていた。
「子どもを人に預けた親は何をしているんだ」
「さあね。子どもを預けてカプセルを飲む人とかもいるし、病院に入院するからって人もいる」
 ルルはそういって両手を広げてあげて見せた。いつの間にか持っていた紙袋が歪む音を立てて揺れる。
「理由くらいきいてから預かるべきだ」
「きいたって本当のことを話してくれるとは限らないだろ。相手から説明してくれるならともかく、無理にきこうとすると嘘をつく人もいるんだから」
「人を預かるのにそんな風に軽々しく引き取っていいわけがないだろう!」
 一層腹が立つ。児童を預ける親にも、他人事のように話し、人を疑って行動に移さないこいつにも。
「おれだってきいたほうがいいと思うよ。でもいい理由じゃないからって断ってたら、その親が連れてきた子どもはどうなるんだろうって考えるとさ。ラズラはそういうのがいやだから、気軽そうに受け入れているんだと思う」
 断ったら児童のほうが苦労するということか。そういうことなら、こいつの言い分もわからないでもない。
「大声をだしてすまない」
「謝る必要はないよ。おれだって理由ぐらいききたいなと思うし」
 そういってルルは児童施設の扉を開けた。
 高い天井に横に広い室内。左右に大きなテーブルと敷物が敷かれている。児童は好き勝手にちらばり、おもちゃを握ってグループをつくって遊んでいる。幼い児童と、彼らより幾分か成長した様子の少年や少女がいる。喧嘩をしている児童をしかっている者もいて、彼らは兄や姉として立ち回っているように見えた。入り口から左側には階段があった。寝る場所が見当たらないから、上には寝床があるのだろう。
「ただいま」
 建物の中にいた児童は目を輝かせて一斉に入り口に立っているオレとルルをみた。しかしオレたちの顔をみて、表情を落胆に変えてため息をつく。
「ラズラおねえちゃんじゃないのかよ」
「おまえらがねえちゃんつれまわすからあそんでもらえないだぞ」
 児童の発言を受けてルルは困った様子で肩を落とす。しかし持ってきた紙袋を大きく持ち上げると、大声をだした。
「パン買ってきたよ。スターのやつも」
 その言葉に児童の目の色が変わった。期待をした様子でルルが手に持っている紙袋をみている。
「スターパンかってきたの。やるじゃんルル」
 紙に絵を描いて遊んでいた児童が立ち上がり、パンをだしてほしそうに両手をルルに向けてさしだした。
「ラズラには内緒にしてくれるなら、あげるよ」
「するするする!」
 一人の児童に透明な袋に入ったパンを渡したことで、他の児童も滝のように押し寄せてきた。それぞれがどのパンがほしいとせがんでいる。ルルが児童に一列に並ぶように指示をだすと、彼らは瞬く間に列を作った。そのすきにルルの隣から離れる。
「スターパンってなんだ」
 先ほどルルからパンを受け取っていた児童に近づき、かがんで目線を合わせた。本来ならできるだけ他人とは関わりを持ちたくはないが、今回は留守番を頼まれているのだからそうもいかない。
「おまえスターパンもしらねえの」
「ああ。お前は物知りそうだから、教えてくれるかと思ってな」
 児童と喋るきっかけを作るためにはスターパンとやらはいい話題になりそうだと思った。これほど児童が食いついているなら、熱烈に語ってくれるだろう。
「しょうがないな。スターパンってのは、これ」
 一口かじったパンを見せてくれる。星の形をしていた。名前の通りだ。
 わざとらしくならないように気をつけながら、驚いてみせる。
「見た目から他のパンとは違うんだな」
「そう。たべるたびに中にはいってるクリームの味がちがうんだ。今日はイチゴ。ぼくはピーナッツがいちばんすき」
 かじったところを見てみるとたしかにピンクの色がついている。児童は好きなパンを食べているからか、嬉しくてたまらないといった様子で転がったり、走り回りはじめた。肩をつかんで動きを止める。
「ものを食べている時はすわるんだ。おちついて食べると、イチゴの方がすきな味だと思うかもしれない」
 敷物の上に座るように促すと児童は不満げな声をあげながらも、腰をおちつけてくれた。
「にいちゃんこれ食べたらあそんで」
「ルルがパンを配るのを手伝ってくる。それが終わって、座って食べているなら一緒に遊ぼう」
 遊びに誘ってくるということは、なんとかいい印象を与えることに成功したらしい。スターパンを食べる児童から離れて、ルルの方に向かう。
 パンを配っているルルに近づくと、既にパンを受け取っている女子児童がルルの足にすがりついて質問をしていた。
「ルルはたまにかえってくるのに、アトレイはかえってこないの」
「彼はいそがしいんだよ、たぶん」
 児童にパンを渡す合間に、アトレイとやらが帰ってこない事情をあいまいに説明している。こいつもアトレイとやらを探しているといっていたから、帰ってこない理由なんて知る由もないだろう。ルルが答える度に児童は不満を口にして、パンをかじる。
「いじわる」
 児童は呪いの言葉のように文句を言って、机に向かった。安心したようにため息をついたルルの隣に立って、紙袋の中のパンを見る。ラズラと最初に会った時に食べるように勧められた店のものだった。
「手伝おう」
「助かるよ。ありがとう」
 ルルが児童に二列になるように促すと大半の児童の手にパンが渡っていることがわかった。二列になったことを抜きにしても、並んでいる数が最初とは明らかに減っている。
 児童が欲しがっているパンを袋から探して渡す。児童の滑舌のせいか、オレがパンの種類に詳しくないからか時間をかけてしまったものもあったが、列にいた児童は皆いなくなった。ルルが少年や少女にもパンを渡している。
「レトもどうぞ」
 紙袋の中に残ったパンを透明な袋に包まれたまま差し出された。気持ちは受け取るが、間食はしないと決めている。
「いやいい。彼らは食べ盛りだろうから、まだ食べたがる子どもに渡してくれ。それよりききたいことがあるんだが」
「なんだい」
 パンを受け取らないというと心底不思議そうな顔をされたが、無理やり握らされることはなかった。
「なぜラズラには内緒だといったんだ」
 嘘はいけない。パンを食べること自体悪いことではない。それなのに隠す理由がわからない。
 ルルがパンを紙袋に戻しながら笑みをこぼす。
「当然だよ。子どもも大人も、内緒ごとが大好きだからさ」

すすむ

ホームページを見てくださってありがとうございます!

2020年12月27日にマルソールは移転をしました。

移転したことに伴い、URLが変更になります。
新しいURL:https://tm.memon.site/

過去のURLは2021年6月には見れなくなってしまうので、もしお気に入りに入れてくださっている方、リンクを貼ってくださっている方がおられましたら、上記のURLにリンクを変更していただけないでしょうか。

2012.08.15- Meijitsu Minori.