ストーリー
気が乗らない、そんなことはしないほうがいいとは思う。
それでも右手の痛みは見て見ぬ振りができるほど、軽いものじゃない。腕相撲の店で会ったおねえさんも心配してくれていた。見てもらったほうがいいのは間違いない。おねえさんに心配されて舞い上がっていたとはいえここまで来てしまったし、今更帰れないだろう。
病院の入り口に立っていたオレは、しぶしぶ扉をくぐった。広い通りを歩いていき受付カウンターのある空間にたどり着くと、初診の受付カウンターにパスを見せる。受付のおねえさんはあからさまに迷惑そうな顔をしたけど、症状を記入する紙と、ペンを渡してくれた。
受付の近くの椅子に座って、必要な情報を記入していく。
名前、症状はいつ頃からか等怪我について書いていき、最後に怪我の原因のところに腕相撲と書いて受付のおねえさんに渡す。しばらくおまちください、という事務的な言葉を受けて、オレは再び椅子に座った。
椅子の隣の壁はガラス張りで、中庭の様子や上の階にいるらしい患者が窓を覗いているのが見える。彼らにも様々な苦労があるんだろうな、入院だなんて。オレの知ったことじゃないが、こんな場所で何日も生活をしなければならないなんて、耐えられるもんじゃない。
病院は苦手だ。周囲の椅子に座っている人もどこか悪いんだろうかと思うと、気分が下がる。もっと楽しい場所に居たい。
そう思いながらガラス張りの壁から中庭の様子を見ていると、オレがいまいる階よりずっと高いところ、七階くらいのところから顔を覗かせている女の子と目があった。
彼女はオレに向かってか、それとも別の誰かに向かってかはわからないけど、にっこり笑って、手を振ってくる。周囲を見回してみるとオレ以外に外の様子を見ている人はいない。
つまりこれは、オレに向けられた動作だ。
かわいい。こんな距離で、目があっただけの見ず知らずの人に手を振るなんて。不思議な子だ。
胸がときめく。ハートが掴まれた感覚がした。
そう、楽しいって、こんな。些細な出会いでいいんだ。
破顔しているだろう自分の顔を気にすることもなく、思い切り大きく、手を振り返した。女の子はきょとんとした表情をしたけど、すぐに微笑んで、手を振り返してくれた。青い目が印象的だ。
自分の視力の良さに感謝する。こんな距離から相手の様子が見えるんだから。
会いにいってもいいかな。
そう思って立ち上がった時、ちょうどオレを呼ぶアナウンスが聞こえた。
タイミングが悪い。
それでも、後で会いに行けばいいやと思って、足取り軽く診察室に入った。
ただの捻挫だと診断されて湿布をもらったオレは、受付で料金を支払って、さっきの女の子がいた、七階を目指して階段を上っていく。エスカレーターなんて使った日には周りに文句を言われること間違いなし。日頃から慣れていることではあれど、さすがに病院ほどの階層のある建物を一気に駆け上がった経験はなくて、呼吸が乱れる。五階には売店があると壁に貼り付けられた地図に書いてあったことを思い出した。そこに立ち寄って水でも買おうと思って五階の廊下を歩く。
歩いていて、気づいた。
厳密に言えば知り合いではない女の子に面会するには、どうしたらいいんだろうか。
オレと彼女は知り合いじゃない。これは多分間違いない。ただ手を振り会っただけの関係を、世間的にはただの他人というと思う。
七階に上って女の子の特徴を告げて面会だといったところで、関係をきかれて他人だと答えてしまっては部屋に入れないんじゃないか。
と、思っていた矢先、さっきの女の子を見つけた。横顔が見える。目が青い事を覚えていなければ意識することもなかったんじゃないかと思った。さっきとは対照的だ。あんなに遠くからでも目を引いたあの時とは。
売店で袋に入ったクッキーを買っている。格好は違う気もするけど、もともとあの距離で、窓から少し覗いていた服装なんてどこまで信用していいのかわからない。顔は、間違いなく、本人だ。これだけわかれば十分。
売店の入り口であの子が出てくるのを待つ。清算を終えたその人は、ゆっくりとオレの方に近づいてきた。
「きみ、さっき、オレに手を振ってくれたよね」
ナンパよろしく声をかける。相手は先ほどと同じくきょとんとした顔をした後、静かに首を振った。
「人違いじゃないかな。おれ、さっきまで病室にいたし」
おれ。顔は間違いなく彼女と一緒だ。それなのに、おれだなんて、なんかショック。
「そんなはずないだろ。さっきオレが一階にいたとき、七階からさ、手を振ってくれたじゃんか」
オレの言葉に、なにかを理解したらしいその人は、左手をグー、右手をパーにした状態で、それらを合わせた。
「わかった。ついてきてよ」
その人についていく道中、オレの間違いについて説明してくれた。
「おれはルル。きみに手を振ったっていう女の子の、弟だよ」
「弟?」
「そう、双子なんだ。顔も似てるほうだと思う」
双子なんて初めて見た。しかも同性じゃないんだ。
「姉はいつも退屈そうにしてるからさ、よかったら、話相手になってくれないかな。喜ぶはずだよ」
もちろん。話すくらいいくらでも、という気持ちを伝えるため、何度も頷いた。オレの様子をみてルルは嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
感謝の言葉を述べながらエレベーターを使おうとして壁のスイッチをおしたルルをみて、それは勘弁して欲しいと伝えるべく、腕を掴んだ。ルルが不思議そうに、オレを見てくる。なにか問題があると気づいていないらしい。
「まって。オレアースっていうんだけどさ、ほら」
そういって、オレの頭と、目を指差す。オレンジを見て態度を変えることなく接してくる人は珍しいし、嫌な気はしないけど、ルルとオレしか使わないならともかく、人が乗っていたらまずい。
オレンジは、嫌われものなんだ。
ルルはオレの指差す方、髪と目をじっくり見て、頷いた。
「オレンジ色だね」
「だから、オーバーに嫌う人が乗ってたら困るんだって」
オレは別にオレンジであることを嫌だと思ったことはない。それでも、最低限の配慮はして生きているつもりなんだ。オレンジと一緒にいることを嫌がる人には近づかないようにするし、出て行けと言われれば、おとなしく従う。町で堂々と生活していると嫌な顔をする人もたくさんいるけど、たまに受け入れてくれる人もいる。腕相撲大会でオレを心配してくれた、あのおねえさんみたいに。
そういう人に会えると、やっぱりうれしい。
「わかったよ。階段で行こう」
ルルはそう言うと階段に向かった。ほっとした。騒がれて追い出された日には、あの女の子に会うことができないから。
階段を二階分のぼって、七階のコールセンターをお辞儀をして素通りし、個室のある通路に向かった。コールセンターの人はにこやかに笑って何も言わずに通してくれる。ルルが顔を覚えられているからだと思う。オレが一人で面会するときはコールセンターの人に呼びとめられていた覚えがある。『704』の部屋番号の扉を軽く叩いて、スライドするタイプの扉を開く。
部屋の中は、広かった。個室の病室に入るのは初めてだ。入り口の反対側の壁の左端にベッドが置いてあって、女の子が窓の方をみている。ベッドにはテレビがついていて、あれで時間をつぶせということなんだろうなと思った。窓はベッドに隣接して設置されている。真昼に窓とベッドがひっついていたら暑いんじゃないかと想像してしまう。空調が効いているから、大丈夫なのかもしれない。まぶしくて寝る事はできなさそうだけど。入り口に近い方の右手には、日用品を入れていると思われるロッカーが設置されていた。歩くのに不自由している人なら、ベッドからロッカーまでの距離も一苦労なんじゃないか。ロッカーの奥には空の皿がのった小さなテーブルが置かれている。
「ねえさん。お菓子買ってきたよ。それと、お客さん」
オレを前に通したルルは机の方に向かい、先ほど買っていたクッキーの袋をパーティ開けにして置いてあった皿に出している。
「ルル、ありがとう」
そういって窓を見ていた女の子は、オレ達の方に振り返った。空みたいに青い瞳をして、にっこり微笑む。
やっぱり、かわいい。
「さっき、会ったよね。手を振り返してくれてありがとう」
「こっちこそ、病院ってつまらないなって思ってたところだったんだ」
オレの言葉に女の子はくすくす笑った。笑ってくれるということはやはり、入院していてもたまに訪れても、思うことは同じなんだな。
「リアっていいます。よろしくね」
リアちゃんが、右手を差し出してくる。手を握った途端にオレンジだと気づいて泣かれたらどうしようと思ったけど、七階分の高さのあるところからオレに気づいたんだ。目が見えないわけじゃあないだろう。
手を握り返す。
「オレはアース。よろしく、リアちゃん」
俺とジャスミンは、サリネと名乗った姫を仲間の元に送り届けるべく、歩いていた。
腕相撲を見ていた時にサリネとライの後ろにいた三人の女は知り合いではないらしく、アースとライさえ見つかったらそれでいいと言われた。ラズラがアースに病院にいくよう促していたことから、病院に向かう。
病院は俺たちが住んでいる建物から時計塔の対角線上にあるらしく、途中で時計塔に立ち寄った時に座っていたストックに食器を預けた。そのまま病院に行き、帰りに回収すれば手間にはならないだろう。
「ここです」
ジャスミンの言葉に、立ち止まって上を見上げる。高い建物だった。白っぽい壁と、俺の背丈の二倍はありそうなガラスが、壁面を覆っている。四角く角ばった外観は、堅い場所なんだろうなと想像させられた。ゲームでも病院というのはこういう感じだったか。花とか噴水とか、気分の上がりそうなものを設置していた気がする。
「アースが病院だなんて、大丈夫かしら」
サリネが独り言のように小声で呟いた。アースは、病院が嫌いなのだろうか。ゲームにもいた。薬が不味いとか、テンテキがいやだから隠れているとかいう子どもが。テンテキが何なのかは、わからなかったが。
自動ドアを超えて中に入る。高い天井に長い廊下、明るい光。疲れたように椅子に座っている人が何人かいるが、外観ほど堅苦しい印象は受けなかった。右手にカウンターがあり、カウンターの近くの椅子の近くには、外と同じような大きなガラスが張られている。ガラスの向こう側には噴水と、そこに行き着くまでの道のりに芝生が敷かれている。
やはり、外観ほど堅苦しい場所ではないのではないかと思う。
そういえば病院や診療所のような場所に来るのは初めてだ。木の外にいたときは親父が医療関係の本を読んで、もしもの時に備えていた。結局俺が知る限り大きな病気にかかる者はおらず、奴の苦労が報われる日は来なかったが。
今は、どうなのだろうか。奴らは元気に暮らしているだろうか。
木の外にいたのが、遠い昔のように感じる。
いや、昔を懐かしむ余裕などない。なんていったって今は…
「この中からあいつを探さなきゃならんのか」
この建物は大きい。入り口の椅子にもアースは座っていなかった。一階から覗いていくしかないということになる。
ゲームみたいに、決まった場所に立っていてくれたらいいのだが。
「そうですね。まだ診察中という可能性もあります」
診察室から出てきた時にすれ違ったらいけないだろうということで、一階の受付の前にある椅子にジャスミンを待たせ、俺とサリネで探すことになった。
診察室の前の椅子を見ていくために、一階から廊下を歩いていく。
「そういえばお前の連れはもう一人いるのではないのか」
ライといった、女性に微笑みを向けながらも、腕相撲ではテーブルを破壊した男のことを思い出す。
「ライは歩いていると人が集まってくるので、探しやすいはずですわ。さきにアースを」
あれは好きではべらしているわけではないらしい。たしかに彼がなにかするたびに周囲の女性は大騒ぎしていた。あれなら探すのは比較的簡単だろう。
「彼は今どこにいるのかわかりませんし」
不安になることを小声で付け加えた。どこにいるかわからないなら、探しやすいことはないだろう。
一階の診察室の前の椅子を見て歩いたがアースは見つからなかったため、次の階に向かう。サリネがエレベーターの隣の階段を上り始める。
「階段でいくのか」
「アースはエレベーターを使いませんの」
そうなのか。この病院が何階建てかはわからないが、上のほうにいないことを祈っておこう。
「上の方は長期入院の方や、手術を控えている方が入院されていますわ。アースは最悪骨折ぐらいだと思うので、最上階までいくことはないと思いますが」
階段をのぼるペースを落としながら、俺に話しているというより自身を諭すように説明してくれた。高いところまで登りたくないのは彼女も同じらしい。
二階にたどり着いた。一階と同じように診察室の前の椅子にアースが座っていないか、確認して歩くことにする。
その後も、各階を確認しては階段を上り続ける。最初はサリネと何か会話をしようと試みていたが、相手がこちらを警戒していることもあって会話が続かず、口数は減っていった。
何度目かの階段を上りはじめる。
「おい」
俺の声掛けに、先を歩くサリネが肩を震わせた。
返事はない。
「上の階にはいないんじゃなかったのか」
「そのはず、ですわ」
俺たちは今六階にいた。次は七階だ。アースを見つけられないまま、診察室も、診察室の前にある椅子もない階を歩いた。
あるのは、入院している人の名前が刻まれたプレートのある、扉の閉じた部屋ばかりだ。
「これ以上進んでも部屋に入れないのではないのか」
俺の言葉にサリネは、うなだれたように顔を下に向けたまま黙り込む。
「ですが、下の階にアースはいませんでしたわ」
うつむいたままの言葉に、それは俺も見た、と同意するべく頷いた。頷いてから相手には見えていないと気づいて、ああと同意する。
「ジャスミンの方が捕まえているかもしれないだろう」
「七階の共有スペースに座っている可能性もあります」
なぜわざわざ高いところの共有スペースを使う必要があるのか。ないだろう。
「骨折が思ったより酷くて、手術することになっているかもしれませんわ」
それは、レトがどれほど馬鹿力なんだという話だ。
そう言おうとして、彼女の言葉の真意が別にあることに気付いた。
「入院することになっているかもしれないといいたいのか」
サリネが小さい子どものように、うなだれたまま頷いた。
心配しているのだろうか、こんな様子でも。駄々っ子のようにしか見えないが。
「いいだろう、好きなだけさがすといい。俺も付き合うから」
俺の最高にクールな言葉を受けて、彼女は顔を上げた。泣いていた。不安からくるのであろう涙を大きな瞳にためて、震える体にあわせて頬を伝っていく。
「どうして、一緒に探してくださるの」
思ってもみなかった質問に、俺は思わず首をひねる。
どうしてだろう。
ジャスミンが一緒にさがしましょうかといったからかもしれない。俺は彼女の力になりたいのだ。でも本当にそれだけだろうか。木の中に入ってからの数日間を思い出すが、思いあたることがない。
たぶんなんとなくだ。乗りかかった船というやつだ。ゲームの主人公は、人助けを黙ってしているし。
「俺の憧れの存在が、人助けを好んでしているからだ」
思いついたことをそのまま口にすると、サリネは涙を指で払ってありがとうと呟く。
「サリネじゃん。なにしてんの」
会話がひと段落する時を待っていた、と言わんばかりに絶妙なタイミングで階段の上からきこえてきた、きいたことのある声に顔を上げる。
「あなたをさがしていましたわ」
アースの言葉に、先ほどまで泣いていたサリネは頬をふくらました。泣いたり怒ったり、いそがしいやつだと思う。
そうなんだ、ありがとう。と気の無い返事をした彼は、サリネの隣まで階段を降り、彼女の肩を親しげにたたいた。
「きいてよサリネ。さっきまで女の子と会ってたんだ。今度は友達もつれてきてくれたら嬉しい、ってさ。サリネも一緒にいくだろ」
肩をたたかれた方は、おそらく先ほど俺が声をかけた時とは別の感情から肩を震わせる。
「わたくし、あなたのことを心配していたんですのよ。それなのに、ナンパ」
サリネが、アースをにらみつけた。アースはひるんだのか、肩から手を離して数歩あとずさる。
腕を振り上げたサリネは、アースを叩いている。右手で叩けば左手で、左手の後は右手で、何度も叩く。痛みは全く感じていないらしいアースがごめんってば、と謝罪しているが、その言葉は無意味だろう。
結局、アースを叩く彼女の気がおさまるまで、階段の途中で待つはめになった。
アースを発見してサリネの気が済んだところで、一階に戻るべく階段を降りる。何度も階段を降りていると、永遠に目的地にたどり着かないのではないかという非現実的な感覚がおそってきた。こんなに階段を降りるなんて、はじめてだからだろうか。
一階にたどり着くと、受付の前の椅子の周辺に人だかりができていた。全員が女性だ。
「ライがいるな」
アースの言う通り、人混みをかき分けるとライとジャスミンが並んで座っていた。ジャスミンが俺たちに気付いて立ち上がる。
「ライさんもアースさんを探しておられたので、事情を話して待っていただきました」
俺たちに向けて説明してから、ライにありがとうございますと頭をさげる。ライは愛想のいい笑顔で、こちらこそ助かりましたと礼を述べた。周囲の女性は腕相撲大会の時とは違い、おとなしいながらもライを取り囲んで挙動を見守っている。
「ききましたよ姫。見知らぬ人に助けを求めるなんて、偉いですね」
ライの言葉を受けてサリネが手を頬に当てた。
たぶん、照れている。俺が言われたら腹が立つ言葉かもしれない。偉いね、なんて上からものをいっているやつの言葉だろう。ライがどういう意図でいっているのかはわからないが。
しばし嬉しそうにしていたサリネは両手で拳をつくって握り締めると、アースを横目でみた。
「わたくしが頑張っている時に彼、ナンパをしてましたわ」
「チクるなってば」
二人の様子を見て微笑んだライは、続きは帰ってから聞こうといって立ち上がった。女性達が入り口の自動ドアに向けて道をつくり、彼女らに礼を言ってからその道を通って自動ドアをくぐった。病院の入り口で再び立ち止まる。
「改めましてお二方、助かりました」
ライが頭を下げてくる。病院のガラスの向こうで女性達が息を呑むのがきこえたきがした。
「協力したっていってもサリネについていっただけだし、気にしないでくれ」
なんとなく落ち着かない。木の外では家族に馬鹿にされ続けていたし、木の中に入ってきてもレトやストックをはじめとしていい扱いをしてはくれなかった。ジャスミンやラズラは別だが。ジャスミンの遠慮や申し訳なさからくるものとは違う、純粋な感謝からくる礼は、落ち着かない。
丁寧な人だと思った。俺が木の中であった人の中でも群を抜いている。テーブルは割るけど。
「皆さんが合流できてよかったです」
ジャスミンは自分のことのように嬉しそうにしている。彼女が人目をはばからず行動するときは大抵、他人を思いやっている時だと思う。他人の役にたつのが嬉しいなんて、お人好しもいいところだ。
ジャスミンがお人好しでなかったら、俺は今こんなところにいないだろうが。木の中にきてからずっと、さまよっていただろう。占いの件で近づいてきたとは言っているが、それにしてはなにかと世話を焼いてくれる。
アース達とは会話が長引かないうちに別れ、ジャスミンと時計塔に向かう。さきほどまで機嫌がよさそうにしていた彼女の様子を伺うと、うつむいて、下をみながらあるいている。歩幅が狭い。
俺はまた、何かをしてしまったのだろうか。
「セルくん。怪我には気をつけてくださいね」
急なジャスミンの言葉に、アースの腕相撲の結果についていっているのかと思った。
「腕相撲のことか」
しかし彼女は首を振り、占いの話になりますと前置きをした。
「病院で座っている時に視えました。近いうちに私の知り合いの誰かが、病院に入院します。お見舞いの品を持って、面会の許しを得ている光景が視えました」
「それは、俺が来る日付や時間を視たというやつか」
ジャスミンが頷く。占いとは、未来を視る超能力のことだ。未来を視るとは、毎度今回のように脈絡なく視てしまうものなのだろうか。
いや脈絡ならあった。病院に行って病院に関わる未来をみたということは、ジャスミンの探している光景も、それに関わる場所にいけば視えるということだろう。
「わかった。気をつけよう」
他にも情報をききだしたかったが、ジャスミンの不安そうな表情を見てしまうと、詳しくきこうとは思えなかった。
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