ストーリー

10話

おかしな人たち

 俺はいま、ジャスミンと二人で町を歩いている。
 急だった。約束もしていなかった。それなのにいいのだろうかと不安になるが、彼女の方は楽しそうなので、いいことにしよう。
 昨日ジャスミンと別れた後はぐっすり眠り、次の日、つまり今日の六時には目が覚めた。いつも俺が起きる時間だ。習慣を取り戻そうとして、自然と起きたのかもしれない。
 目を覚ました理由はなんだっていい。目が覚めて最初にすることは掃除だった。見た感じは綺麗な部屋だが、一度自分の手で拭いておかないと、人の家のような居心地の悪さを感じたから。掃除しないと自分の場所だと認識できないとは、中々習慣というものは抜けないらしい。
 ジャスミンの部屋に通してもらった時には入ることのなかった扉の、先の部屋の中にあった掃除道具入れの中から、はたきと雑巾、箒を取り出し、手当たり次第にそうじをしていくことにして、掃除しがいのない綺麗な部屋を歩き回った。部屋は居間と台所、シャワー室、便所以外にもう一部屋あった。掃除するぶんには手間だが、突然手に入れた城にしてはいい広さだと思った。掃除が終わり、台所の食器を洗っていった。この時気づいてしまった。
 唐突に現れた城の中にあった食器を、洗っただけで使うのはなんか気持ち悪い、と。
 当然だ。長い間洗っていなかったものを、クレンザーでもかけて見た目だけきれいに見せているだけかもしれない。ごみ捨て場からきれいそうなの集めてきたとか。そんなもので飯は食いたくない。
 そう思って出かけようとしたときに、隣の扉からジャスミンが出てきたのだ。扉が開いた音がしたからと、食事を持ってきてくれた。俺の部屋には蓄えなんてなかったから、ありがたくいただいた。
 飯を食いながら食器を買う予定だというと、彼女は目を輝かせ始めた。買い物が好きなのかもしれない。可愛い食器とかを探すのが彼女の趣味なのかと思ったが、彼女の家はあの簡素さだしこれはないだろう。理由はきかなかった。
 彼女が食器を買うだけの行為に関心を示したため、俺は彼女を誘って、こうして町を歩いている。
 なんだかすごくいい気分だ。ジャスミンも楽しそうだし、照った日差しも気分を盛り上げる。ただの買い物だが、商人が来る日を待つのではなく、自分から好きなものを探しに行けるのだ。ゲームの中で体験していた時のように。
 そういえばゲーム内での買い物には通貨が必要だった。ここでもそれが必要なんだろうか。ラズラが会計を払っていた時もルルが買い物をしていた時も、ジャスミンがストックのアイスやらを買っていた時も離れていたため、手元まで見ていなかった。見ておくべきだった。
「木の外では食料と物々交換で買い物をしていたんだが、ここでの買い物はどうするんだ」
「お金がいるのです。セルくんは今はこちらに来たばかりで買う物も多いでしょうし、今回は私に払わせてください」
 そんなわけにはいかない。金はゲーム内で大切なものだった。回復アイテムや武器を買うのも、交渉するイベントを乗り越えるのも、死んだ者が甦るのも、全部金の力だ。金は死さえ超越する。ジャスミンに大切な金を使わせるわけにはいかないだろう。
「お願いします。どうしても食器を見たくて。お金は食器を見られるお礼ということで、どうか」
 俺の表情を見て言おうとしたことが分かったのか、両手をお互いの指で支えるようにして、つまり祈るような手にして懇願してきた。
 なぜだ。なぜ食器にこだわるのだ。所詮食器だ。さっきジャスミンが持ってきた朝食をのせていたのも食器じゃないか。
「わかった。じゃあ今回は世話になろう」
 おとなしい女の子と思っていたが、引いてくれる気がしないのでそう言うと、ありがとうございます、と嬉しそうに笑った。
 笑った。
 微笑むことがほとんどだったジャスミンが、笑った。
 花が咲いたようだった。
「それで、今回はいいとしてもその金はどうやって手に入れたらいいんだ」
 あんまり彼女を見るのもおかしな気がして、周囲の様子を見ながら尋ねる。町は今日も賑わっていた。俺たちと同じ方向に向かう人もいれば、反対方向、あの大きな扉の方に走っていく人もいる。商品を売るために声を張り上げている人にあいさつをしながらも、買わずに通り過ぎていく人もいる。
「配られます。商売をしてさらに稼ぐ方法もありますが、豪遊しない限りは生活に困る金額ではありません。毎週、それぞれのパスに追加されていきます」
「パスってなんだ」
「私たちそれぞれの証明書みたいなものです。木の中に来た時に、ポケットかどこかに忍び込んでいるときいていますが、ありませんか」
 なんだそれ。忍者か。
 ズボンのポケットを触ると、確かにあった。腕に巻くためか輪がついていて、中心の無骨な機器が、なぜ今まで気づかなかったのだろうと思わせる。
 木の中に来たやつが誰にもかまってもらえなかったらどうなってしまうのだろうか。知らない間に変なもん持ってたら怪しいだろ。
 パスとやらをポケットにしまいこんで歩いていると、俺たちの歩いている通りの先の店から男が吹き飛んで来た。賑やかだった街が静まる。誰かがけんかだ、と囁く声がきこえた。
 吹き飛んで店から出てきた男は、店に向かって勝手にしろ、とかバカにしやがって、と罵った後、慌てて逃げていく。人々が逃げた男の方を眺めるが、何も害がないとわかり、先ほどの賑わいを取り戻そうと生活に戻っていく。
 男が出て行った店の前には『毎週恒例腕相撲大会』と書かれた看板が出ている。しかし毎週のところに大きなバツが入っていて『毎日』と修正されていた。
 仕切りのない開放的な店内を通りすぎながらのぞくと、異様な人だかりができている。野次馬か、観客かの区別がつかないが、そもそもどんな大会なのだろうか。
 俺は足を止めた。ジャスミンも、俺に合わせて立ち止まる。
「覗いてみてもいいだろうか」
「もちろんです。でも、野蛮な方も多いので、気をつけてくださいね」
 ジャスミンは困ったように眉をハの字に下げながらも、時間をくれた。彼女の表情と言葉から、暴力的な大会なんだなという察しはついた。
 人混みをかきわけて様子を伺うと、人が群がっている中心にいるのはレトだった。人々に囲まれた中にテーブルと、二つの椅子が転がっている。ラズラもいるのではと周囲を見渡すと、やはりいた。人混みから離れた店内の壁に寄りかかっている。
「ラズラ。おはようございます」
「あら二人とも、おはよう」
 ジャスミンの声で俺たちに気づいたらしいラズラが、嬉しそうに近寄ってきた。どうやら暇だったらしい。
「レトが、腕相撲のチャンピオンってやつに喧嘩売られちゃって。普段は何にも興味なさそうにしてるのに、喧嘩だけは乗るんだから」
 そんなやつだったなんて、きいてないぞ。とんだ暴力野郎だ。
「チャンピオンって、大丈夫でしょうか」
 ジャスミンは一度知りあったやつが暴力野郎であろうとも、怪我の心配をするらしい。彼女の言葉にラズラが心配ないと告げる。
「そのチャンピオン、さっきでていったやつだから。腕相撲でレトが勝ったらチャンピオンが怒りだして、殴り合いになっちゃって。殴り合いっていっても、一方的だったけど」
「あいつが勝ったのか」
 ラズラのうん、という言葉と、店の入り口のほうから別の声がきこえてきたのは、ほぼ同時だった。
「腕相撲大会って、いつから毎日やるようになったんだ」
 声の主の方に視線を向ける。少年だった。オレンジ色の髪に、オレンジ色の瞳。本人のサイズにはあっていない異常なサイズの黒いコートを、肩からひっかけている。
 この暑いのに、暑苦しい格好だな、と思った。
「まあいいや、オレもやってもいい?」  人だかりの人々もそう思ったのか、俺の時とは違って自然に通り道を作っていく。
 おれたちには近寄るなよ、という人だかりの声一つ一つに返事をしながら、そいつは俺が目を離していた時に体勢を直したらしいテーブルと椅子を見て、店の入り口に近い方に座った。
 座って、近くに立っていたレトを見上げる。
「お前今連戦中のやつでしょ。周りの奴らしてくれなさそうだし、どう?」
「もちろんだ。オレは売られた喧嘩は買う」
 オレンジ少年の言葉に短く頷いて、レトも椅子に座った。二人は向き合う状態になり、どちらともなく右手を差し出し、テーブルの上に肘を立てるとお互いの手を握った。
 周囲の人々は口を揃えて、赤い目の奴に賭ける、と騒ぎ立てている。
 そこまでみてわかった。これは喧嘩の野次馬かと思っていたが、賭けをするために集まっていたらしい。しかし、全員が同じ方に賭ける意味はあるのだろうか。
「ちょっとアース、なにをしているんですの」
 ですの。
 へんな言葉だと思った。アース、はオレンジ髪の少年の名前だろうが。
 アースを含め、全員が声のした方をふり返る。レトもやや不機嫌そうに、視線を向けた。
 五人が、店の入り口から『腕相撲』が行われようとしている場所を見ている。いや、見ているのは二人だけで、後の三人は、彼らの中で唯一の男である青年をうっとりした様子で見つめていた。
「そんな野蛮なことをしてないで、帰りますわよ」
 ますわよ。
 ですわ、にますわよ。どこかの国の姫なのだろうか。ふわふわした長い髪を怒ったように震わせた、姫っぽい女の子の言葉に、アースが不満気な声をあげる。
「オレ腕相撲やってみたかったんだって。やりたいうちにやっとかないとほら、青春」
 アースの言葉に女の子は頬を膨らました。
「もう。知りませんわ。野蛮で見ていられません。わたくし、お買い物にいきますから」
 女の子はそのままどこかに去っていった。彼女の言葉通りなら、お買い物。他の四人は彼女について行かなかった。腕相撲をみる気らしい。
 お姫さま一人で買い物なんて、大丈夫なのだろうか。
 ゲームの姫といえばさらわれるものなのだ。だいたい不思議な力を持っていて、悪い奴に封印されたり、死んでしまうことだってある。戦う姫も中にはいるが、先ほどの女の子はそんな風には見えなかった。戦う姫の共通点は意志が固い。しかし先ほどの女の子は帰る、からお買い物に目的を変えたくらいだ、さらわれるほうだろう。
「よし、やろう!」
 姫のことを放置して意気揚々と腕相撲をはじめようといったアースは、テーブルの角をつかみ、肘を立てた後レトの腕を握り直した。
 小さく頷いたレトもテーブルの角をつかんだことを確認して、店長らしきエプロンをつけた男が、開始の合図を告げる。
 勝負は一瞬だった。
 アースの腕が、レトの腕とテーブルにめりこむようにつぶされており、見ていた人々は大声で笑ったり、叫んだりしている。
「腕相撲は相手の腕をテーブルにつけた方が勝ちです。どちらの力が強いかを競っているみたいですね」
 ジャスミンが説明してくれた。つまり、この場合はレトの勝ちということだ。レトが無言で右手を上げて、歓声が上がる。
 ジャスミンが入る前に困った顔をしていた理由もわかった。賭けをしているやつらは、口が悪い。罵る言葉が汚かった。
 アースはそんな言葉を気にも止めず、腕相撲をした自分の手をしきりに動かしている。 「なんかぼきって音しなかった?気のせいか」
 負けたアースは勝負の結果も周りの野次もどうでもいいらしく、ぶつぶつと呟きながら自分の右手を左右にひねっている。
 その様子をみたラズラがアースの方に向かった。
「筋が切れたんじゃない?骨かも。とにかく病院行って、見てもらった方がいいわ」
 アースは突然話しかけたラズラに不思議そうな顔をしたが、病院、と口の中で繰り返した。
「オレちゃんと見てもらえるかな」
 アースの言葉に当たり前じゃない、と返したラズラは、彼に飴を握らせる。
「痛くてもなかないんだよ」
 そういって頭をやさしくたたいたラズラの両手を握ってお礼をいった後、アースは店を出て行った。
 店の入り口に立っている青年となにか会話をしたあと、俺たちがきた方向とは反対方向に向けて走って行った。
「仲間を病院送りにされたとあれば、敵討ちをしなければ、ね」
 アースが走っていくのを見送ってから、入れ違いに入ってきた青年の声に、再び歓声があがる。ただ先ほどと違うのは、歓声を上げているのは女子、ということだ。
 姫をほったらかして腕相撲を見ていた四人のうちの、三人の女をうっとりさせていた青年の言葉に、近所の女性が集まってきたのだ。
「ライくん、腕相撲するの」
「怪我しないでね」
「あんな奴を仲間だなんて、かっこいいわ」
 女子は口々に青年を褒め称える。青年がにこやかに彼女らに向けて手を振ると、女性は頭が変になったのではと思うくらい、喜びの声をあげた。きいている俺たちの耳がおかしくなるほどのキンキンした声で。
 青年は、店の外ではわからなかったが、近くでよく見ると青い瞳の色をしていた。ほとんど黒のようだが、光の当たりによっては青く見える。夜の空みたいだ。着ている白衣から、ジャスミンの白衣の人達の話を思い出す。
 こいつがジャスミンに関係があるのではないかと思ったが、違うだろう。白衣を着ている奴をいちいち疑っていたらきりがない。超人なんてつくる奴らが、腕相撲をしにくるなんてありえないんだ。しかも仲間の敵討ちで。
「あら、あなたもけっこうかっこいいわね」
 考え事にふけっていると、気づいたら目の前に知らない女性がいた。俺を見て、かっこいいだの素敵だの、脈絡無く褒めてくれる。
 そうだろう。彼女の言葉に、心の中で胸を張った。
 俺は顔には結構自信がある。木の外のあの家でも、顔は一番出来がよかった。ある朝、顔を洗っていて気づいたのだ。だから勇者のバンダナだって真似できた。主人公は大体、かっこいいから。
「でもやっぱりライくんのほうがかっこいいわ」
 そういって俺に関心をなくした女性は、大好きなライくんを見るために人混みに入ってしまった。
 価値のわからないやつにそんなことを言われたってくやしくないんだ。本当だ。
 静かに壁際に移動して壁に頭をぶつけていると、ジャスミンに止められた。
「アースを倒したそこのあなた、ぜひ、おれと勝負してもらえませんか」
 ライは、腕相撲とはいえ、仲間が倒された姿を見ている割には自信があるように見える。レトはアースのときと同じように売られた喧嘩は買う、といって、右手を差し出した。
「感謝します」
 翻すようにして手早く白衣を脱いだライは、アースが座っていた椅子の背に白衣をかけ、腕をまくる。それだけでまた黄色い声があがった。
 女性の声がやまないためか、ライは困ったように微笑んで、すみません、とレトに謝罪した後、女性陣の方に向いてから口元に人差し指を当てた。
 静かに、の合図だ。
 女たちも、自身の人差し指を自分の口元に当てて応じている。
 なんだか宗教じみていた。
「みなさん、ありがとうございます」
 ライはにこやかに笑ってお礼をいうと、何事もなかったかのように振り返って席につき、レトの手を握るように右手を出した。手を握って肘を立てた後、お互いが左手でテーブルの角を握る。
「がんばってねライくん」
「赤目かてよ。おれの妻がその優男に骨抜きなんだ」
「ライくんが怪我したら私も病院いくからね、大丈夫だからね」
「こいつに賭け続けたら何万稼げんのかなあ」
 女達のライを応援する声と、今回もレトに賭ける、という男たちの賑わいの声の中で、エプロンをつけた男が合図をした。
 途端。
 何かが壊れる音がした。
 テーブルから、テーブルのあった場所から砂煙りがあがっていて、何が壊れたのか見ることができない。さすがに周囲の声もやんでいた。煙がうすれてきて、壊れたのはテーブルだとわかった。テーブルが入り口側から見て右側に傾き、面に亀裂をいれている。解放した店内に入ってきた埃をためこんでいたらしいテーブルから舞った煙には、砂が混じっていた。
 二人とももう手を離している。
「どっちがまけたんだ」
「オレだ」
 エプロンをつけた男の言葉に、レトが手をあげる。女の黄色い声と、男の落胆と野次が同時に響く。
「やりすぎてしまいました。怪我はありませんか」
 申し訳なさそうなライの言葉に、右手をさすって異常がないことを確認したレトが問題ない、と返した。
「そんなことよりあんた、名前を教えてくれ」
「ライですが」
 不思議そうに名を名乗ったライに、名前をかみしめるように頷いたレトはいった。
「俺はレトという。近いうちにリベンジがしたい。その時はまた、よろしく頼む」
 そのまま立ち去ろうとするレトを見てラズラは、俺たちにじゃあねと挨拶をした後、慌てて追いかけていく。
 しばしその後ろ姿を眺めていたライは、我に返ったように周囲を見渡した。
「そいえば二人が居なくなっていました、さがさなければ。みなさん、おげんきで」
 ライは、現チャンピオンであることにこだわりはないのか、さっさと居なくなってしまった。女たちもライを追いかけて、店から出て行く。
 エプロン姿の男が座り込んでテーブルの様子を確認していたが、大きくため息をついた。
「テーブルが割れて続きもできないな。今日は店じまいだ。皆帰ってくれ」
 その言葉を受けて、俺とジャスミンも店を出ることにした。


 腕相撲の店から出て、俺とジャスミンは食器を売っているという店に到着した。
 俺たちの部屋がある建物と同じような素材で作られているらしい、立派な外観だった。自動ドアをくぐって中に入ると、奥の壁が遠くにあった。大きい建物のようだ。入り口に近いところに置いてある食器から、適当に目を通していくことにする。
 隣でジャスミンがかわいい、淡い色がついたカップを手にとっては棚に戻し、別の模様のカップを手にとっては棚に戻しを繰り返している。
「そんなに食器がすきなのか」
 あまりにも楽しそうにその行為を繰り返すので、気になってきいてみた。彼女は困ったように目ふせて、手にとっているカップを見た。
「はい。食器を選ぶのって好きなんですけど、私が選んでしまうと、年に似合わないものとか、普通は買わないようなものを選んでいたりするかもしれないと思って、そう思うと買えなくて」
 なるほど。ごく普通の女の子のようだが、ジャスミンは超人だ。確かに普通の人とは何かしら違うのは間違いないが、だからといって、感性は人それぞれだと思うのだが。
「せっかく来たんだ。自分の家の分も試しに買ってみたらどうなんだ。客に出す時には、いつものでいいだろ」
 今彼女が持っているカップも、先ほど持っていたものもそんなに変なものとは思えなかった。変なところで無駄に考えるんだな、と思ったが、本人は超人の仲間を探しているくらいだし、なにかしら悲しい思いもあるのだろう。彼女の悩みを取り払ってやるのが、クールな男としての任務だと感じた。
 ジャスミンは俺の提案に悩むように唸っていた。カップを見つめると頬にかかる髪を、耳にかけ直している。
 彼女は気に入ったカップがあるようだ。先ほどからそればかりちらちら見ている。マグカップだ。真っ白く飾り気のない本体に、立体として花が象られた持ち手。さっさとかごに入れてしまえば彼女は反抗してこないだろうが、なんとなくジャスミンが決めるのを待った。
「そうですね。ひとつ買うくらい、大丈夫ですよね」
 自分を諭すように言って、カップを手にとった。彼女の中で何の葛藤があったのかはわからないが、好きなものは買えばいいだろう。
 そのあと俺が使う分と、客が来た時のための予備を何個か選んで、カウンターに向かった。そこで金を払うらしい。ゲームはその場で金を払うものだから、なんだか新鮮だ。
 商品になにか機械を当てる店員。食器に機械をぶつけるたび、無機質な音が響く。それを何度も繰り返して全部に機械を当てると、金額を淡々と口にした。ジャスミンがコインを何枚か出して、続けて紙切れをだした。店員はそれを数えると手元の機械に流し、出てきた紙切れをジャスミンに差し出す。
 楽しみにするほどの光景ではなかった。なんだか作業的だ。
 店員から食器を受け取り、店の隅にあった台の上で、陶器の食器には包装を巻いていく。
 ジャスミンは鼻歌まじりに包装を巻いていた。やはりマグカップがうれしいらしい。
 荷物をまとめて店を出ると、腕相撲大会でみかけた姫が歩いていた。半泣きで。
「どうされたんですか」
 ジャスミンが話しかけると、姫は怯えたように身をすくめる。
 人さらいかと思われているかもしれない。相手は姫だ。当然のリアクションだ。
「先ほどの腕相撲大会を見ていた。連れと合流しないのか」
 俺の言葉にある程度警戒心を解いた、のかもしれない姫が口を開く。
「二人とも迎えに来てくださらないので、戻りましたわ。そうしたら、だれもいなくて」
 そりゃあそうだ。姫の連れがテーブルを破壊したんだから。
「私たちも一緒に探しましょうか。知り合いの方の顔も覚えていますし」
 姫の様子を見てなにか力になりたいと思ったのであろうジャスミンの申し出に、姫は驚いたように大きな目をさらに開いて、しばし、考える姿勢をとった。額から冷や汗が流れている。やはり警戒心が強いのだろうか。彼女の様子を見ていると、目が徐々に潤み始めた。
「おねがいします」
 孤独に耐えきれなくなった姫は、俺たちに頭を下げた。

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2020年12月27日にマルソールは移転をしました。

移転したことに伴い、URLが変更になります。
新しいURL:https://tm.memon.site/

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2012.08.15- Meijitsu Minori.