ストーリー

11.5話

道案内

 夕暮れの夏空と鉄板の上で焼かれるような暑さの中、俺は呆然と立ち尽くした。
 時計塔の下に座り込んだ人が何人か、不思議そうにこちらを見る。何もない。何もないからあまり注目しないでほしい。
「いい加減家に帰る道順くらい覚えたらどうですか」
 この暑さの中、時計塔の下に座り込んでいたストックが近寄ってくる。手にはぬるくなっているであろう、水滴のついていないペットボトルを握っていた。
「道を覚える気がないとしか思えません」
 そういって、やれやれと大げさに両手をあげてみせる。普段はこいつはこんな大仰な動作はしない。バカにされているのだ。
 なんとなく散歩をしようと思って昼前に部屋をでた俺は、すっかり道に迷っていた。どこからでも見える時計塔を目印にここを訪れ、家に帰る方法を探して歩き回っているのだが、帰り道がわからず何度もこの場所に帰ってきている。
 今は夕方。空はまだ暗くなっていないが、時期に人影も減ってくるだろう。
 時計塔で喋り混んでいる人は、何度もここに帰ってくる俺を不審な目でみている。
 俺にはこの暑い中わざわざ外で座り込む理由がわからない。俺だってお前たちを不審な目で見たいくらいなのだ。
 なぜか俺は外出するたびに時計塔にくるハメになり、またまたなぜかいつもここに座っているストックと、なにがしか会話をしているうちにやってくるルルに案内されて家までたどり着くことが、ある種日常化している。
「まあ座ったらどうです」
 ストックが先ほどまで座っていた、時計塔の下で円形に広がっている椅子を指差す。
 そこはお前の家ではないだろうに、なぜ客人を招くような言い回しなのだ。
「今日は早く部屋に戻りたいんだ」
 そうなのだ。思わず自分の言葉に頷く。昨日ジャスミンが夕飯を作ってくれると言ってくれた。いつもお世話になっているからという理由らしい。
 世話になっているのは俺の方だが、下手なことをいって夕飯の件がつぶれないよう、世話になることにした。俺はいてもたってもいられなくなり部屋をでて、このザマである。
 木の外から来た人が部屋を借りているあの建物は、俺が外の穴から落ちてきたときはすぐに目のつく場所にあったはずだ。高さも他の建物より群を抜いて高かった。だが、ここからそれらしき建物は見えない。
「ここで突っ立ってても視認できませんよ。いくら高さがあるといっても、道がこの時計塔に向かって山なりになっていますから」
 俺が周囲を見回していたためか、心を読んだかのように建物が見つからない理由を説明してくれる。
「ルルくんが帰ってくるまで語り合おうじゃありませんか」
 いつもの定位置に座ったストックが、なぜか楽しそうな語調でいう。
 こいつは初対面のときに俺がジャスミンのことを好きだと断言した挙句、俺がここに訪れる度にジャスミンと親密になる策を練り始めるのだ。
 暇つぶしをしたいのなら他人の迷惑にならないことで時間をつぶしてほしい。
 小さいくせに色恋沙汰に興味があるとは、ませている。
 前になぜいらん世話を焼くのかときいたら「あなたはボクの希望になりえる」などと意味のわからないことを淡々といっていた。発言の大げささがなんだかルルに似ていると思った。意味のわからなさも。
「人と約束がある。早く帰る必要があるんだ」
「ジャスミンですか。なるほど、遅刻する男は嫌われます」
 ストックの言葉が凶器のように俺の胸に突き刺さる。
「ジャスミンのこととはいってないだろ」
 言葉が突き刺さったところが心なしかあつい。現実の傷かのようにじくじくと痛む。引き裂かれそうなこの痛みはあまりにも生々しい。
 だめだ。やはり早急に帰らなければ。
「あなたの目をみれば、誰と約束をしたのかぐらいわかります。あなたが彼女に嫌われるのは、ボクとしても望むことではありません」
「そう思うならば今すぐあの建物に連れて行ってくれ」
 童女にこんなことを頼むなんて全くクールではない。しかもこいつがルルを待っていることもわかっているのに。
 しかし相手の事情を知ってはいても、ジャスミンに嫌われるのはいやだ。いつもストックのおしゃべりに付き合っているのだから、たまには俺の頼みもきいてほしい。
「安心してください、遅刻する男を嫌うのはボクの方です。彼女は心配するタイプでしょう。よかったですね、心配してもらえますよ」
 心配。
 ジャスミンはなにか気に揉むことがあったときには他のことは手付かずになるタイプだ。
「そう、つまり今、ジャスミンの頭の中はあなたのことでいっぱい、かもしれません」
 今度は表情から俺の考えていることを読んだのか、俺の思考の続きを喋り出す。
 末恐ろしいやつだ。
 俺はそんなことは考えていない、と取り繕おうと考えたが、こいつは俺の考えを読んでいるようだから無駄だろうと悟った。超能力の無駄遣いだと心の中でののしる。
「ジャスミンに迷惑はかけたくないんだ。頼むからついてきてくれ」
「仮に今からセルを連れて行くとして、あの建物まで案内するのはボクということになるので、ついてくるのはあなたなんですけどね」
 可愛げがない。揚げ足取りばかりする子ども。なんとも嫌味なやつである。たまたま木の中に入ってきたときにこんなやつが話しかけてきていたら、木の外に帰りたいと心底願ったことだろう。
 幸いジャスミンが声をかけてくれたから、木の外に帰る気なんてないのだが。
 しかし年端もいかない少女に道案内をされる自分の姿を想像してダメージをくらった俺は、なんだか情けないことをしている気がしてきた。
 自力で帰れないだろうか。
 そうだ、ストックしかあの建物までの道を知らないわけじゃないんだ。無理にこいつに頼まなくても、道行く人にきいてみるとか。
 周囲を改めて見渡す。暗くなり始めた空を見て、人々は家に帰り始めているようだった。
 この人ごみの中には、あの建物に帰る者もいるだろう。適当についていくしかない。
「帰るんですか。張り合いのない」
 ついていっても怪しまれなさそうな人を探していると、やや驚いたようにストックが声をかけてくる。
「お前なんか、もう頼らないからな。俺は自力で帰るんだ」
 手を振ってお呼びじゃないことを示し、いつもの定位置に座るように促す。
 なんかクールだ。
「ついていってもよさそうな、手頃な人を探してる時点で自力じゃないでしょう」
 キマったいう思いも虚しく、半眼になった彼女の言葉に着実に弱らされていく。
 悔しいが、その通りだ。
「ついていった相手の家がアレじゃなかったらどうするんですか。世話が焼けますね」
 そう言ってストックはおもむろにペットボトルを俺に押し付けて、歩き出す。思わず渡されたボトルに目を向けると、中身は一滴も減っていない。封さえきられていなかった。
「ルルはいいのか」
 いつからここにいるのかは知らないが、こんな時間まで待っていたのについてきてもらっていいのだろうか。
「さっきまで散々駄々こねてたのになにをいまさら。ボクが帰ってくるまであの人はここにいますよ」
 なんの根拠があるのかは知らないが、本人が断言しているのだから、そうなのだろう。
「駄々はこねてないだろ」
 こねてました、泣いてましたといいながら歩き始めたストックの隣に並んで、夕暮れの色に染まった町を歩く。人とぶつかりそうになるたびに立ち止まったり、避けたりしていくうちに彼女のほうが前を歩き始めた。人の波にもまれてストックを見失わないように、彼女を見る。
 人ごみなんてないかのように直進するストックを、周りの人が避けている。彼女に道を譲った人を避けるために、俺は苦労しているらしい。先ほどまで彼女の隣を歩いていたが、今はストックの二三歩後ろをついていく形になっていた。
 周りの人が見えていないかのように足早に進むストックが、知らない生き物のように感じられた。人を小馬鹿にしている時はともかく、幼いのに淡々とした様子は冷静に思い返すと不気味ですらある。
 俺が彼女ぐらいの年の頃は、他人から見るとどんな奴だったのだろうかと不安になる。少なくとも、もっと普通の子どもだったと思いたい。
 そう思ったことを読んだのだろうか。わざわざ振り返って俺を視界の端に捉えたストックが、人通りの少ない道に曲がった。
 狭い道だ。左右の隙間に猫がたまっていた。彼らにとってここは、居心地がいいのだろうか。ゲームの街中でしか見たことのなかった猫たちを観察していて、違和感に気付く。
 普段送ってもらうときはこんな道は通らなかったはずだ。
「どこに向かっている」
「あなたの部屋に決まっているでしょう。近道です。人混みを気にしているようだったので」
 もしかして、やはり俺の考えを読んだのか。さっきストックが直進しているせいで俺が歩きづらいとか、小さいくせに不気味だとか思ったからか。
「お前、いつもあそこにいるだろ。ルルについていかないのか」
 慌ててついていって、やましい気持ちを読み取られてしまった気まずさから、適当に質問をしてごまかすことにする。
 本来ストックが俺の考えを読まなければいいのだが、ジャスミンのように超能力に振り回されている可能性もあるから、一方的に文句もいえない。
「家をでて時計塔に行くまではついていっていますよ。ルルくんの行き先が好きじゃないので、待ってるんです」
「あいつはどこに行ってるんだ」
「病院です。あの建物は好きじゃありません」
 いつものストックならはっきり嫌いだといいそうなものだが、好きじゃないとは変な物言いである。
 そもそも途中までついていってただ待つだけならば、家で待っていた方が良いのではないか。
「ボクのことはいいんです。あなたは家に帰る道くらい覚えてくださいよ」
 無理やり会話を切られたので、続けて質問をする気にもなれずについて歩く。
 壁と置物の隙間に入り込んだ猫に視線を移したストックが、振り返ってこちらをみた。
「猫と人間って、同じ日数を生きても年齢が釣り合わないらしいですね」
 そんな話題振られても困る。俺は猫のことは全く知らないんだ、興味もないし。
「そうなのか」
 上手い返しができず、生返事をしてしまった。ストックはそうなんですよと頷いて、付け足した。
「猫は一年で人間の17歳分年をとるらしいです」
 だからどうしたというのだ、この会話続くのか。
 もしかして、猫が好きなのか。
 そういえばストックも動物に興味をもつ年頃かもしれない。俺も彼女ぐらいの歳にはそうじをしながら虫を探していた気がする。兄弟と捕まえてきた虫を戦わせたいといった覚えがある。季節の関係で全然捕まえられず、春がきた頃には虫のことなんかどうでもよくなっていた。今では視界にいれたくもないのだが。
 なぜ昔は虫に熱をあげていたのだろう。理解できない。
 ストックも数年経てば動物は汚れるからいやですなんていうようになるのだろうか。
 そう思うと微笑ましいものがある。
 意味がわからないといわずに生暖かい目で見守ろうと心に誓って彼女に目を向けると、変なものを見るような目で見つめられた。
 なぜだ。
 思わず目を逸らすと、細い路地の終わりが見えていた。
「このまままっすぐ歩けばつきますよ」
 近道というのは本当らしい。俺の考えを読んで気を悪くして、知らない道を適当に歩いていたわけではないようだ。
 近道を知っているならルルといるときもこの道を使ってくれてもいいものだが。
「ルルを待ってたのに、わるかったな」
 構いませんよと淡々と口にしたストックが、俺に寄越したペットボトルを渡すように手で促してきたので、渡してやる。
「猫にとってはずいぶんな時間の浪費かもしれませんが、ボクにとっては数分ですから」
 そういいながらも、街の構造を覚えるように釘をさすことも忘れていなかったから、内心早く道を覚えろよと思っているのだろうなと思う。
 俺も家にくらい一人で帰れるようになりたい。
 道案内のお礼に菓子でも渡してやれればいいのだが、あいにく食べ物を持ち歩く習慣はない。ズボンのポケットに手を入れても、あるのはシールとパスだけだった。
「お礼をしてくれるつもりなんですか」
 俺の行動の意図を察したらしいストックが俺の後ろに回って、背中を押してきた。その力の強さに体制を崩してしまい、たたらを踏んでから踏みとどまる。
「力一杯おすなよ」
 子ども相手にこんなことをいうのもおかしいが、彼女の力が強いのだからしょうがない。ジャスミンの前で同じことをされてこけるのは、嫌だ。
 ストックはすみませんとあまり詫びた様子もなく謝罪して、建物に入るように指で促してきた。
「今度会ったときにジャスミンとのあれこれを話してくれれば、それで充分ですよ」

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2012.08.15- Meijitsu Minori.